特別な存在であるGTI、R32が売れている
最近、日本でのゴルフの売れ方に大きな変化が起きている。たとえばGTI。昨年春の登場以来、常に数カ月待ちという状況のこの大ヒットモデルの販売比率は、何と今やゴルフ全体の3割にも達しているのである。世界的に見ても大成功のGTIだが、日本のこの割合は、さすがに突出している。
さらに、続いて導入されたR32も、やはり今年の分は予約でほぼ完売してしまった。ゴルフでありながら、車両価格は400万円以上するモデルにしてコレだ。この状況は異常とすら言ってもいいかもしれない。
一体、今ゴルフには何が起こっているのだろうか? GTIとR32。これらのモデルはゴルフにとって何なか。それらは今も特別な存在なのか、それとも、もはや特別ではないのか。
GTIに関して言えば、人気の理由として価格の安さも大きな部分を占めているはずだ。語弊を招く言い方かもしれないが、現行GTIは、ゴルフのラインアップの中では、ちょっと安過ぎる。たとえばGTがざっと300万円。それに50ps増しのターボエンジンと特別な内外装、望むならDSGまで組み合わせても、その50万円増しとくれば、迷う人は少ないというものだ。
もちろん50万円が小さな金額だと言うつもりはない。けれど現実に今のご時世にクルマに300万円なりの予算を投じることができる人は、それなりに経済的余裕をもった人だと考えていいはずだ。そしてGTIには、当然ながら単に安いというだけではなく、それならあと50万円出そうと思わせるだけの沢山の魅力が詰まっている。
まずは、これがゴルフGTIだということ。それ自体、十分なプレミアムである。その名は改めて説明する必要など皆無。少しでもクルマに興味のある、あるいはあった人なら、誰もが知るスーパーブランドなのだ。
そして、その名に憧れを抱いていた人を魅了する要素が、今のGTIにはふんだんに備わっている。ブラックアウトされたハニカムグリルと、それを囲む赤いストライプが生み出すフロントマスクや、標準のスコティッシュチェック柄のシート地等々のディテールは、今ようやく、それに手が届くだけの余裕をもった人の思いを再燃させるに十分。現役当時には雑誌などでその姿を見ている程度だった僕より下くらいの年齢の人なら、誰だってコレはグッと来るに違いないのである。
走りっぷりも皆の期待を裏切らない。その心臓、2L TFSIユニットは、低速域ではいかにも過給器付きらしい厚みのあるトルクで頬を緩ませてくれる一方、そのまま踏み込めば、ほとんどターボラグを意識させることなくトップエンドまで回り切り、最高出力200psという高出力で迫力ある加速を演出する。
実用性もパワーも、そしてそのピーキー過ぎず大人し過ぎない絶妙な出力特性も、すべて今のGTIに対するニーズを完璧に満たしているのが、このエンジンなのだ。
フットワークも同様に、日常プラスアルファの領域でもっとも楽しさを感じさせる躾けである。限界が飛び抜けて高いわけではなく、コーナーでは他のゴルフと同じく早めにタイヤが鳴き出すが、動きにはそこそこ軽快感があって、しかも路面が荒れているとちょと暴れ気味になるなど、そんなに頑張らなくても十分攻めている気にさせてくれる。その一方で、高速域では圧倒的なスタビリティを発揮し、乗り心地も優れるという具合である。
そしてDSGが、その魅力をダメ押しする。ATは絶対イヤという人も興味をそそられ、逆にMTは運転できないという人にも問題なく勧められる。これは家族のクルマとして選ぶ時に大きなポイント。DSGなら夫も妻も妥協のない、嬉しい選択が可能なのだ。
そんなわけでゴルフGTI、人気にならない理由の見当たらない、その商品企画の鋭さには、本当に脱帽である。しかし、本当にそれで納得していいのか……ということについては、後でまとめて触れることにしよう。
絶妙に棲み分けされたR32とGTI
さて、こんなGTIがあるのに、さらにR32が必要なのか。いや、必要なのだ。GTIがこれだけ世に溢れれば、さらにエクスクルーシヴなゴルフを求める人は絶対に現れる。そうした人には、R32は絶好のターゲットとなる。
実際、そのキャラクターの棲み分け方は絶妙だ。まず外観。R32はサイドやリアのスカートまでフルカラードとし、そしてグリルをマットクロームとすることで、スポーティかつ高級な印象をもたらすことに成功している。インテリアも、レザーシートが標準だ。
そして夜になると、メーターパネルの文字の夜間透過照明は青ではなく白とされ、代わりに指針が青く光ることで、乗り手に他のゴルフとは明らかに違うという満足感をもたらすのである。
走りのテイストも、実は結構違っている。ここでも、もっとも鮮烈な印象をもたらすのはエンジンだ。3.2L V6ユニットは、最新のFSIではなく基本的に先代譲り。それでも最高出力は250psに到達している。
そしてアクセルペダルを踏み込めば、吹け上がりは実にキメが細かく、回転を高めるほどに表情を変え、そして力を増しながらトップエンドまでドラマチックに吹け上がる。一瞬ごとのキレ味や軽快感が持ち味のGTIに対して、R32には回転の上昇に伴って移ろう表情、盛り上がるパワー感を満喫するという、より奥深い歓びが備わっているのだ。
そして実は、フットワークも方向性も結構違っている。乗り心地はGTIより明らかに硬く、段差超えではビシビシと突き上げて、日常域では快適とは言い難い。その代償は? それは大幅に高まった限界性能だ。ステアリングの応答は鋭く、GTIのような早期のアンダーステアを感じさせずにグイグイとノーズを引き込んで行く。
ただし、そのぶんエッジは相当シャープだ。神経質なのはストロークの短さがモロに出たリア。驚異的に粘りはするのだが、それが発散する瞬間が非常に掴み辛く、ESPがあるとわかっていても結構シビれる。しかも、これは何も限界まで攻めての話ではなく、高速道路の導入路などでも十分感じられる速さ、そして緊張感なのである。
一方、必要な時には即座に後輪にトルクを伝達する4MOTIONのおかげで、発進時などのホイールスピンが圧倒的に少ないのは美点と言える。普段はほぼFF状態とは言え、このパワーならさすがに恩恵は小さくないのだ。
今やゴルフは、クラスレスな存在というよりは、むしろ乱暴に言えばそれなりに良い暮らしをしているクラスの象徴的な存在だ。台数も増えた。だから昔のように単にゴルフだというだけでは、オーラは強くない。しかし、だからと言ってジェッタやパサートには彼らの目は向かない。欲しいのは、あくまでゴルフ。説明要らずのライフスタイルアイコンなのだ。そうなると求められてくるのは、ゴルフという枠の中での差別化。GTIやR32は、そのニーズにあまりにぴたりとハマる。
日本でのゴルフの存在意義や価値を考えれば、こういう売れ方になるのは必然だろう。しかし先に書いたように、本当にそれで良いのかとも思う。おかしな話だが、乗用車のメートル原器的存在だというゴルフのこれまで築いてきた価値が損なわれては、GTIもR32も輝きを失いかねないからだ。
では、他のゴルフはどうやって存在感を取り戻せばいいのか。ひとつには、やはり根源的魅力だったはずの合理性や知的さといった部分から起こるプレミアム感が、今一度強調されてもいい。
たとえば圧倒的な低燃費、圧倒的な環境性能は、非常に有効なはずだ。そうなると、日本にも導入が期待されているTSIユニットの存在が大きくクローズアップされてくる。このエンジンは170psという2.0FSIを凌ぐ最高出力の一方で、燃費は7.2L/100kmと控えめ。これならGTIともR32とも違った興味を惹き付けることができるのでは? 願わくば、そこにTDIが加われば、もっと良い。
そんな次の展開まで含めて、ベストセラー輸入車であるゴルフは今後どこへ向かうのかが気になる一方で、今ゴルフを買うならGTIとR32こそ、もっとも強く意識せざるを得ないのは確か。何しろ、これまで書いてきたように、今もっともゴルフらしいゴルフは、この2台なのかもしれないのだから。(文:島下泰久/Motor Magazine 2006年9月号より)
フォルクスワーゲン ゴルフGTI 主要諸元
●全長×全幅×全高:4250×1760×1505mm
●ホイールベース:2575mm
●車両重量:1460kg
●エンジン:直4DOHCターボ
●排気量:1984cc
●最高出力:200ps/5100-6000rpm
●最大トルク:280Nm/1800-5000rpm
●トランスミッション:6速DCT
●駆動方式:FF
●最高速:233km/h
●0-100km/h加速:6.9秒
●車両価格:341万2500円(2006年)
フォルクスワーゲン ゴルフR32 主要諸元
●全長×全幅×全高:4250×1760×1505mm
●ホイールベース:2575mm
●車両重量:1590kg
●エンジン:V6DOHC
●排気量:3188cc
●最高出力:250ps/6300rpm
●最大トルク:320Nm/2500-3000rpm
●トランスミッション:6速DCT
●駆動方式:4WD
●最高速:248km/h
●0-100km/h加速:6.2秒
●車両価格:439万円(2006年)