eトロンSUVと同一のメカニカルコンポーネント
アウディ初の量販型ピュアEV(BEV)「e-tron」(以下、eトロン スポーツバック)が日本でも発売された。新たに「eトロンSUV」なるネーミングが与えられた2018年発表のモデルではなく、欧州でその後に登場したスポーツバックの導入が日本では先行した理由は、「スタイリッシュで見た目のインパクトも大きいこちらの方が、イメージリーダーとしてより相応しいため」というのが、アウディジャパンによる公式見解だ。
昨今の異常気象の頻発にも後押しされ、地球温暖化の主要因と位置付けられたCO2排出量の削減に対する要求はこのところ世界中でその厳しさを増す一方。そうした動きに対して、CO2の排出量と吸収量を同値とする「カーボンニュートラル」を実現する液体燃料(e燃料)の研究を含めたエンジンの開発は続けながらも「2025年までに20モデル以上のピュアEVを投入し、従来型ボディを備えたプラグインハイブリッドモデル(PHEV)も導入していく」とするのが、アウディの電動化に対するスタンスでもある。
eトロンスポーツバックとeトロンSUVはデザインが異なるものの、採用するメカニカルコンポーネンツは同一。それぞれ前輪と後輪を駆動する2基のモーターを搭載し、通常時のシステム最高出力は265kW(360ps)で、Sレンジでのブーストモード時におけるシステム最高出力と最大トルクは300kW(407ps)と664Nm(67.7kgm)という値。そして0→100km/h加速タイムは6.6秒で、最長8秒まで発生させることが可能なブーストモード作動時には5.7秒まで短縮といったスペックも、同じだ。
ただし、空気抵抗係数(Cd値)は、より流麗なスタイリングのスポーツバックの方が0.02低い。前面投影面積の低減に寄与するバーチャルエクステリアミラー採用モデル同士で、SUVの0.27に対して0.25と特筆すべき値をマークする。
イメージリーダーたる役割。カーボンニュートラルを実現
ところで、走行時のCO2排出量がゼロというだけに留まらず、生産時の排出量削減も徹底して行われているのが、プレミアムブランドならではのストーリーだ。 eトロンシリーズの生産が行われるブリュッセルの工場は、ベルギーの認証機関によって大量生産を行う自動車工場としては初めて「CO2排出量ゼロ」と認定されたもの。
この「カーボンニュートラル」の実現には、建屋屋上にブリュッセルでは最大面積となるソーラーパネルを敷き詰めたり、工場の暖房などに用いるエネルギー源をバイオガスに変更したこと、再生可能エネルギーではカバーしきれない部分をカーボンクレジットにより相殺することなどによって達成されているという。
eトロン スポーツバックの全長と全幅は、既存のアウディSUVシリーズで比較すると「フラッグシップであるQ8よりも10cmほど短く、全幅は6cmほど細い」という関係。それでも、実際に目にすると「大きい!」というのが第一印象。アウディでは「オールホイールステアリング」と謳われる4WSの設定は行われず、最小回転半径も5.7mと大きめの値だ。
さらに、重量およそ700kgと報告される大容量バッテリーを搭載したこのモデルは、車両重量が2.5トンを超えるので、重量制限により大型パレット式駐車場でも進入不可となる場合がある。充電インフラの整備状態も含めて、ある程度の「出かける場所を選ぶモデル」であることは事実だ。
日本導入を記念して発売されたファーストエディションには、21インチのタイヤ&ホイールやオレンジ色のブレーキキャリパー、そして静粛性を向上させるアコースティックサイドガラス、バング&オルフセン製のオーディオなどから成る「サイレンスパッケージ」が標準装備。さらに取材車は、バーチャルエクステリアミラーを装備した仕様であった。
フロアに駆動用バッテリーを敷き詰めたレイアウトゆえ、ヒップポイントはやや高めだが、前席への乗降性に難はない。ただ、後方でルーフラインが下降するので後席へ乗り降りする際には、頭の運びがややタイト。乗り込んでしまえばフロアがほぼフラットで頭上空間もそれなりに確保されるので、大人の横3人掛けも不可能ではない。とはいえ、後席の使い勝手を最重視するのなら「eトロンSUVの販売開始を待つ」というのもひとつの手ではありそうだ。
フロントドアトリム前端にビルトインされたバーチャルエクステリアミラー用を含め、多くのディスプレイが採用されたダッシュボードまわり、パームレストと一体化された新ロジックのシフトセレクターなどを用いたインテリアのデザインが、何ともモダンで先進性を感じさせる仕上がりだ。
しかし、実はそうした印象はこのモデルに限らず、最新アウディ車に共通するものであることもまた確かだ。バーチャルエクステリアミラーが用意される一方で、ドアハンドルはオーソドックスなグリップ式で残したり、「エンジンルーム」が存在しないにもかかわらず、あえてそれを彷彿とさせるプロポーションを採用したりと、デザイン面ではことさらに新しさを演じることはない。
既存のエンジン車との間の印象をシームレスに連続させたのは「ピュアEVはもうあたり前の存在だ」というメッセージを込めた、アウディなりの表現法であるのかもしれない。
十二分過ぎるほどの速さ。上質そのものの走りの感覚
停止時の静寂から始まる走りの感覚は、ひとことで言ってしまえば「上質そのもの」だ。コーナリングの場面では、重いバッテリーをボディの最下部にレイアウトしたことによる低重心感が顕著。さらに、コーナー脱出時にアクセルペダルを踏み込むと、後輪側にバイアスが掛けられた駆動力の配分も明確に感じられる。ほぼ完全に50対50で仕上げられた前後の重量配分も、もちろんそうした好印象の一助となっているに違いない。
0→100km/h加速タイムが3秒を切る昨今の一部のスーパーハイパフォーマンスEVのような爆発的加速力こそ持ち合わせていないものの、日常の舞台を考えれば「十二分過ぎるほどに速い」と言えるのが、このモデルの動力性能でもある。
通常のDレンジからSレンジへと変更し、アクセルペダルを途中のクリック感を越えるまで深く踏み込めばブーストモードが作動。この場合、前述のとおりに0→100km/h加速タイムが6.6秒から5.7秒にまで短縮されるが、実用上は「それを欲したくなる場面は稀」と言って良いほど、Dレンジのままでも十分な加速力を得ることができる。
最大で0.3Gの減速度を発することが可能だという回生ブレーキの効きは、左パドル操作によって3段階の調整が可能。ブレーキペダルの操作なしで完全停止まで行う「日産方式」に対して、こちらはクリープ速度まで落ちたところで減速を終了とする。それでも最大の回生力を選ぶと通常走行時の減速は、ほぼアクセルペダルオフの操作で可能となり、事実上の「ワンペダルドライビング」が可能になるのもひとつの特徴である。
格段に優れた静粛性能。満足のいく商品性を備える
ロードノイズを含めた暗騒音の小ささゆえか、やや過大にも思えるインチタイヤの影響か、静粛性面でひとつだけ気になったのは時に鼓膜を刺激するドラミング感が目立ったこと。それでも「静粛性が圧倒的に高い」という評価は変わりようがない。静かさが増すと新たなノイズが目立ってくるというのは、この先もBEVならではの悩みどころとなりそうだ。
高速走行時の静粛性には、当然バーチャルエクステリアミラーの効果もあるとは思われる。だが現実にその恩恵を一番に実感できるのは「ドアガラスを通して目にする、斜め前方視界の広さ」だった。
ディスプレイに表示される後方画像は、同様のアイテムを備えるレクサスESで経験したものよりもはるかに高精細で、後方からの日差しがカメラに入り込んでも画面のクリアさが保たれることは確認済み。それでも、通常の前方視界とは焦点距離が大きく変わることや距離感などで慣れが必要であることは事実。
後方を見通せる位置にカメラを置くため必要なステー内にモーターをビルトインすることが困難だったとみえ、実はその折りたたみが手動式である点なども含め、このアイテムをチョイスするか否かは慎重に判断したい。
もちろん、まださまざまな課題を有していることも事実ではある。だが「第一歩」としては、満足のいく商品性を感じさせるeトロンスポーツバックである。(文:河村康彦)
■アウディeトロン スポーツバック55クワトロ ファーストエディション主要諸元
●全長×全幅×全高=4900×1935×1615mm
●ホイールベース=2930mm
●車両重量=2560kg
●モーター最高出力=408ps
●モーター最大トルク=664Nm
●駆動方式=4WD
●トランスミッション=1速固定式
●車両価格(税込)=1327万円