2008年1月、いよいよパサート/パサートヴァリアントにもTSIエンジンが導入された。発表されたのは従来の2.0FSIにかわる1.8TSI直噴ターボ。ゴルフに搭載される1.4TSIとは異なるまったくの新開発新世代エンジンである。このエンジンの搭載によりパサート/パサートヴァリアントはどう変わったのか。Mさっそくその試乗を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2008年3月号より)

ゴルフとの違いが鮮明なパサート

ただ単に車格が上級であるというだけでなく、そのサイズから走り味まで、ゴルフとはまるで違っている。極論をすれば、パサートはコンパクトで良くできた実用車というごく一般的なフォルクスワーゲン(=ゴルフ)のイメージを覆す存在だ。

その余裕たっぷりの居住性と実直でいかにもドイツ車的な走りを持つパサート/パサートヴァリアントは、ここ数年来、ドイツ車を知り尽くした人の、言ってみればスマートな選択肢として、「知る人ぞ知る」的な存在であった。

パサートといえば、アウディ80と共通するシャシを持つモデル(つまりエンジン縦置き)として出発したアッパーミドル級モデルだ。その後、横置きのVWベースになったり、先代では再びアウディA4と共通の縦置きベースに戻ったりと、そのプラットフォームだけを見れば時代の波に翻弄されてきたモデルのように思えるが、その実、クルマとしての完成度は高く、比較的廉価で大きめの実用セダン&ワゴンというカテゴリーにおいて海外市場では人気を博してきた。

残念ながら日本ではフォルクスワーゲン=ゴルフのイメージが強過ぎるのか、今ひとつ人気は盛り上がらないが、ドイツ車をよく知る人からは隠れた名車として支持されているという側面もある。ベンツを卒業して、BMWにも疲れた、とパサートに乗る人もいる。

一昨年にデビューした現行型パサートも、まさにそんなクルマである。再びVWベースのプラットフォーム、つまりはエンジン横置きとなり、パワートレーンをはじめゴルフと共有するメカニズムも多くなった。しかし、今やそのボディサイズは欧州Eセグメント並にまでなり、走りの性能もその領域に達している。それでいて価格的にはゴルフの少し上からスタートというから魅力はすこぶる高い。

画像: 価格以上の大きな価値があるパサートヴァリアント TSIコンフォートライン。この1.8TSIが今後ミドルクラスの主流エンジンになりそうだ。

価格以上の大きな価値があるパサートヴァリアント TSIコンフォートライン。この1.8TSIが今後ミドルクラスの主流エンジンになりそうだ。

VWグループの次世代を担う1.8L TSIエンジン

そんなパサートのエントリーモデルが、このたび、2L直噴エンジン搭載の2.0から1.8L 直噴ターボを積むTSIコンフォートラインへとスイッチされた。

オプションとして新世代のナビゲーションシステムが用意されたこと、タイヤ空気圧警告灯が加わって、ヴァリアントのルーフレールが黒からクロームになったことがニュースとなるが、スペックや仕様だけを追えば、装備や内容は従来型とそれほど変わらない。

エンジンスペックはパワーで10psアップ、トルクで50Nmアップ、それでいてモード燃費はほぼ同等。組み合わされるミッションは従来と同じ6速AT、価格はわずかに3万円高となった。全般的にはツウ好みのパサートがさらに「良くなったねえ、いい商品だねえ」という程度の変更にしか見えない。だが、ここで本当に注目しておくべきは、トルクアップを実現したパワーユニットである。

1.8Lの直噴DOHCユニットにインタークーラー付きターボチャージャーを付加したエンジン。このエンジンを積んだことでパサートは大きくレベルアップしたと言っていい。

本題に入る前に、少し整理しておく。フォルクスワーゲンはまず1.4L直噴ガソリンエンジン+ツインチャージャーをTSIと呼んで大々的に喧伝した。その常識破りの衝撃は凄かった。そしてTSI=ツインチャージャーというイメージを強烈に植えつけた。フォルクスワーゲンがTSIファミリーを増強中と聞いて、喜び勇んだクルマ好きが、例えばジェッタの2.0TSIがシングルターボだと知って落胆などという笑えない話もある。実際には、TSIはFSI(直噴ガソリンエンジン)の過給器付きを意味しているという。アウディのTFSIにあたるもので、言わばディーゼルのTDIと対になると考えればわかりやすい。

この1.8TSIも1.8Lの直噴ガソリンエンジンにターボを付けたユニットというわけだが、中でも最も注目したいポイントがある。それは、エンジンそのものだ。

実は昨年春にアウディジャパンがA3スポーツバック1.8TFSIというモデルを、従来の2.0FSIに変わるものとして登場させている。それほど大々的にアピールされなかったが、ファンの間では非常によくできたクルマとして評価も高かったし、本誌でも昨年2007年10月号でその詳細を報告した。

今回のパサートの変更はそれと同じ構図であり、パワーユニットも同一。ということはつまり、長年フォルクスワーゲン・アウディグループのミドルレンジ直列4気筒として活躍してきた827シリーズに代わって、アウディが主体となって開発した次世代中核エンジンたるEA888シリーズがパサートにも搭載されたということになる。

このEA888シリーズは、A3、パサートを皮切りに、新型A4の主力にもなるエンジンで、2L仕様の開発も進んでいるという。

シリンダー間距離88mmという数値のみ従来の827シリーズから受け継ぐが、それ以外は新設計のコンパクトで軽量(鋳鉄ブロックは33kg)なユニットであり、縦置き横置き両方に対応する汎用性を持つ。

音響面への対策(ねずみ鋳鉄ブロックや大型メインベアリングなど)、さらには静粛性へのこだわり(バランサーシャフトやサイレントチェーン)など、グループの次世代を担うガソリンユニットだけあって、相当に力の入ったエンジンだ。

その直噴システムの概略はこうだ。燃料は6つ穴のマルチポート高圧インジェクターにより150バールにまで加圧されて、直接、燃料室へ噴射される。吸気量を調節するフラップによりその量も絶えず最適化されるため、燃焼室には常に均質な混合気が存在し、それによって燃焼が非常に効率的に行われ、燃費を抑えつつも有効な力を得ることに繋がっている。

ターボはボルグワーナー社製の水冷式K03タイプで、タービンブレードの空力特性に優れるため、低回転域においても優れた反応特性を得るという。

画像: 直噴過給コンセプトであるTSIは、2.0TSIターボ、1.4TSIツインチャージャー、1.4TSIターボ、1.8TSIターボと発展進化し続けている。

直噴過給コンセプトであるTSIは、2.0TSIターボ、1.4TSIツインチャージャー、1.4TSIターボ、1.8TSIターボと発展進化し続けている。

1.4TSI+6速DSGをパサートに採用しなかった理由

この新しいエンジンが、パサートのエントリーグレードにおいては、従来型より排気量を落としながら、特に目覚ましいトルクアップを与えることとなった。ただ、同様の変更がなされたA3でははっきりとモード燃費の向上(約13%アップ)が見受けられたのに、パサートではやや劣っている。いったいこれはどういうわけか。

エンジン特性とサイズや車重とのマッチングにも理由はあるだろうが、組み合わせたミッションがDSGではなく、従来と同じ6速ATであることも大きな要因だろう。では、なぜDSGでないのか。

TSIというとこれまたDSGとの組み合わせというイメージが強いが、それもまた1.4Lに限定しての話だった。翻って、アウディがA3においてDSGを使うのはスポーティな走りのイメージにトランスミッションの性格が合致するからであり、先進的なイメージを感じさせることにも寄与するからだ。

フォルクスワーゲンでは、例えば同じパサートでもV6にはDSGを組み合わせている。これは、パサートのラインアップにあってスポーティな役割を担うのが直4の2LターボではなくV6の3.2L仕様というフォルクスワーゲンの思惑によるものだという。

しかも、DSGに関しては、コスト的な問題こそほぼ解消されているとはいえ、供給量の問題がある。さらには、DSGそのものの新展開(7速化など)も控えている。加えて、パサートにとっては大きな市場となる保守的な北米市場において、ロボタイズドミッションのクルマが今なお敬遠されるという現実的な問題もある。

よって、日本人好みのDSGではなくコンベンショナルな6速ATが組み合わされたというべきだが、問題はやはり乗ってどうかということだ。はたしてその乗り味のほどはどうか。

まずエンジン。車両重量が大きいせいか、A3で試したときほどのハッスル感には欠けるものの、低回転域のピックアップの良さや扱いやすさ、中高回転域へと向かう際の自然なエンジンフィールなど、従来の2.0FSIよりも数段優れている。ターボ車であることをほとんど感じさせず、平凡ながらもよくできたエンジンであると感心した。はっきりと主張はするが耳を煩わせないエンジン音もいい。

トルコンATのマナーは、これまで通りという印象だ。やや引っ張り気味に変速し、多少のスリップ感やシフトショックを与えつつも、全体的には滑らかに変速してゆくという、新しくはないがどこか安心する変速フィーリング。ウルトラスムーズでテキパキとしたDSGから乗り比べると、なんとも「ほっこりしみじみ」とする。

微低速域での扱いの良さはやはりDSGに勝るもので、狭い場所での曲がりながらの車庫入れや、坂道での渋滞といった場面ではスムーズで扱いやすさを実感する。

こうして見ると、いろんな事情があったとはいえ、パサートのエントリーグレードにコンベンショナルな6速ATを組み合わせたことは正解だったといえるだろう。

画像: 余裕たっぷりの居住性と実直でいかにもドイツ車的な作り込みのインテリア。

余裕たっぷりの居住性と実直でいかにもドイツ車的な作り込みのインテリア。

日々のパートナーとしてゆったりと乗れる味付け

確かにDSG付きは愉しいし、過給器付き直噴ガソリンエンジンとの相性もいい。140ps仕様ゴルフTSIコンフォートラインでもその楽しさは健在で、実用的にも何ら困ることがなかった。しかし、仮にパサートがすべてDSGだったとしたら、どうだろうか。

V6ほどのパワーがあり、それ相応の対価を支払って「特別」を求める向きには、多少のギクシャクはあってもDSGを存分に楽しめることだろう。しかし、よりフツーの選択肢であるエントリーグレードのパサートTSIコンフォートラインにおいては、ピストルを持った武士のような違和感が生じるに違いない。

そんなことを考えつつ、もう一度パサートTSIコンフォートラインに試乗してみた。性能曲線的には170ps仕様の1.4Lツンチャージャーエンジンとそうは変わらない。いやむしろパワーは10psほど小さい。しかもクルマは大きい。にもかかわらず、1.8TSIには加速時の「こらえ」というか「厚み」がある。

サッカーに喩えていうなら、味方ゴール前でパスをカットして一気に敵陣を目指す時、足の速い選手たちが次から次へと短くパスを回して目にも鮮やかにゴールを目指すのがDSG。対して、一気に美しい弧を描くロングパスを左右に放ってフォワードの前にボールを落とすのがトルコンAT。どちらもサッカーの醍醐味だが、優雅なプレイはといえばやはり後者だ。

そう、ゴルフならば小排気量をDSGで細かく操る楽しさが生きる。一方、パサートならば、ゆったりとした大きなトルクを愉しむのがいい。余裕のある日々のパートナーとして、大人らしく、しっとりと泰然に乗った方が「隠れた名車」に似合う。(文:西川淳/Motor Magazine 2008年3月号より)

ヒットの法則

フォルクスワーゲン パサートヴァリアント TSIコンフォートライン 主要諸元

●全長×全幅×全高:4785×1820×1530[1490]mm
●ホイールベース:2710mm
●車両重量:1520[1440]kg
●エンジン:直4DOHCターボ
●排気量:1798cc
●最高出力:160ps/5000-6200rpm
●最大トルク:250Nm/1500-4200rpm
●駆動方式:FF
●トランスミッション:6速AT
●車両価格:345[329]万円(2007年)
※[ ]カッコ内はセダンTSIコンフォートライン

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