135iクーペと比べ、走りにさらに深みがあるM3セダン
M3クーペを起点に考えた場合、より実用性を重視する向きには、M3セダンは有力な選択肢に入ってくるだろう。あるいはワインディングロードを攻めたてることに情熱を持ったドライバーにとっては、新しい135iクーペ Mスポーツも気になる存在として浮上しているかもしれない。コンパクトなボディに大パワーエンジンを積み6速MTを用意するというパッケージは、やはり大いに魅力的に映る。
そこで135iクーペ Mスポーツに乗ってみると、ステアリングやクラッチなどの操作系がM3より重いのを意外に思いながらも、ボディが小さいことの良さを、やはり如実に感じることができる。実際のサイズにはそこまでの違いはないのに、視界その他、あるいは精神的な何かがそう思わせるのか、道幅に余裕が増したようにすら思えるのだ。M3に較べれば手頃なエンジンパワーに拠るところも大きいのだろう。M3セダンでは踏み切れなかったところで、こちらはどんどん躊躇なくアクセルを開けていける。
そうは言っても306psもあるパワーを手頃だなんて言えてしまうのは、実は車重が1550kgと見た目の印象ほど軽くはないからでもある。しかし排気量は大きくとも高回転型に躾けられたM3の自然吸気ユニットに対して、135iクーペ Mスポーツの直列6気筒3L直噴ツインターボユニットは低回転域から素早く過給効果を発揮して、アクセル操作に即応するレスポンスを実現している。おかげで日常域での刺激性という意味では、M3セダンを凌ぐと言っても過言ではない。
フットワークにしても、さすがに前後重量配分は軸重で前800kgに対して後750kgとBMWとしては前寄りなため、アンダーステアは比較的強め。早い段階からフロントが逃げ始めるので、それほど攻め込まなくてもやった気にさせるという部分はある。
M3の場合は、クーペでもセダンでも日常域では上質感という言葉がまず先に来て、本当の刺激を味わうには、より積極的に走らせてやらなければならない。だからこそ攻めるほどにその走りには深みが感じられ、100%その実力を引き出すという境地を目指すことすら快感に繋がる。それに対して135iクーペ Mスポーツは、日常的な場面での楽しさや刺激性を、より重視しているように感じた。
この違いは、最近のBMWとMモデルの違いをそのまま反映していると言っていいだろう。どちらを選ぶかは、価格のことを抜きにすれば、結局はどんな走りを求めるかで決まるはずだ。
BMWが、先代では存在せず、そして先々代では日本に入れなかったM3セダンをこのタイミングで導入した意味はとても大きい。現時点ではアウディRS4しかないこのクラスに新たな選択肢を加えるだけでなく、発表以来半年近く、まだ販売に至っていないメルセデス・ベンツC63AMGに対する効果的な先制となることは間違いないからだ。3ペダルでも良いという層を誘引できるのはもちろん、真っ先に手に入れたユーザーやメディアを通じた評判は、2ペダルがマストの潜在的ユーザーの気持ちを、今秋にも登場予定の7速DCT(デュアルクラッチトランスミッション)仕様へと傾かせる、大いなる呼び水となるに違いない。
最初はちょっと違和感を覚えた走りっぷりも、ボディ形状によって異なるであろうユーザー層や、激化必至のライバル関係を思えば納得できる。僕自身はC63AMGは未体験なので比較はできないが、M3セダンの乗り味はまさしく快適であり上質。その部分で、他を羨ましく思う必要はまったくない。
ついでに言えば、この走りは、行き先を失っている先代E39型M5ユーザーにもアピールしそうな気がする。
そう思い至る頃には、同じく最初は違和感を覚えた見た目も、随分目に馴染んできたように思える。M3セダンのデビューは、M3という極めつけのモデルの世界を、さらに広く、そしてさらに深く、広げていくための重要なカギのひとつとなるに違いない。(文:島下泰久/Motor Magazine 2008年5月号より)
BMW M3セダン 主要諸元
●全長×全幅×全高:4585×1815×1435mm
●ホイールベース:2760mm
●車両重量:1640kg
●エンジン:V8DOHC
●排気量:3999cc
●最高出力:420ps/8300rpm
●最大トルク:400Nm/3900rpm
●駆動方式:FR
●トランスミッション:6速MT
●最高速:250km/h(リミッター)
●0→100km/h加速:4.9秒
●車両価格:973万円(2008年)