高められた圧縮比により燃費とパワーを両立する
改めて繰り返すまでもなく、今回の新型911シリーズの最大のトピックは、PDK(ポルシェ・ドッペル・クップルング)と呼ばれる7速デュアルクラッチトランスミッションの搭載だ。しかし、話題は決してそれだけではない。その外観デザインも含めて、他にも注目すべき部分は多い。
その一例を挙げれば、エンジンがそれだ。乗り込む前に、その進化の意味をもう一度確認しておくのは悪くないはずである。
従来通り3.6Lのカレラと3.8LのカレラSを用意する新型911シリーズだが、そのエンジンは、いずれも新開発のものへと置き換えられている。噂の通り、新たにDFI(ダイレクト・フューエル・インジェクション)と呼ばれるガソリン直噴システムを採用しただけでなく、完全に新しい設計となる新世代の水平対向6気筒ユニットが搭載されているのだ。
直噴のメリットは言うまでもなく、燃費とパワーをともに向上できることである。燃料の霧化の際の筒内冷却効果によって、圧縮比は何と12.5:1まで高めることが可能に。これによって、大幅なパワーアップと燃費向上をともに実現している。さらに、3.6L、3.8Lともにショートストローク化され、ボアもストロークも別となるブロックはクローズドデッキ化。シリンダーヘッドも一体成形化されるなどした結果、構成コンポーネント数は実に40%も削減されている。エンジン剛性は22%高まり、エンジン全高も低下。重量も5kg軽くなり、さらには必要な時だけ作動するオンデマンド制御式オイルポンプが採用され、インテークシステムも一新されるなど、とにかくすべてが新しい。
当然、これらは燃費を含めた性能アップに作用しており、軽量化にも繋がり、部品点数を減らすことで、パーツそして生産コストを引き下げてもいる。あるいは、コストを激減できたからこそ、カレラSとカレラでまったくボア×ストロークの違う2種類のエンジンを用意できたのかもしれない。
注目のデュアルクラッチギアボックスPDKは、従来のティプトロニックSに置き換わる形となる。つまり新型911シリーズには、3ペダルの6速MTと、2ペダルのPDKの2つが用意されるわけだ。ギア段数は7速。その7速はかなりのハイギアードとされ、燃費向上に繋げている。
縦置きギアボックス対応で、しかも7速と来れば、アウディのSトロニックと共用かと思うところだが、その最大許容トルクはアウディの550Nmに対して440Nmと小さく、その代わりPDKの方が軽量コンパクトに仕上がっている。トルクコンバータ式ATベースのティプトロニックに較べても、10kgほど軽いという。
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ティプトロニックのようにスムーズに変速するPDK
チェックすべきポイントを再確認したところで、そろそろステアリングを握ってみたい。今回用意されていたのは、まず1台が911カレラ。ギアボックスはPDKで、オプションリストにはスポーツクロノパッケージが含まれている。そして、もう1台は911カレラS。こちらも同じくスポーツクロノパッケージと、さらにPASMスポーツサスペンション&LSDのセットが装着されていた。
スポーツクロノパッケージは、997前期型ではダッシュ上のストップウォッチだけでなく、スロットル特性やティプトロニックの変速ロジック、ABSやPSMの設定を変更する「SPORT」モードが用意されていたが、新型のそれはさらにバージョンアップ。PDKの変速スピードを極限まで高めたサーキット用のシフトプログラムに切り替わり、ローンチコントロールの使用が可能になる「SPORT PLUS」モードが設定されている。
また、スポーツサスペンション&LSDがPASMと組み合わされ、またMTだけでなくPDKでも選べるようになったのも朗報と言える。これなら乗り心地をそれほど妥協せずに走りを突き詰めることができるはずだ。
最初にキーを掴んだのは911カレラ。ドアを開けてドライバーズシートへ身体を滑り込ませる。インテリアの景色には大きな違いはない。センターコンソールの空調パネルや、その下に並ぶPASMやスポーツクロノパッケージなどのスイッチ類の意匠が一新され、HDDナビゲーションシステムが標準装備となった程度。そして忘れてはならないのが、PDK用のステアリングホイールの採用である。
このステアリングホイール、操作性については後で触れるとして、デザインも疑問符をつけたくなる。まず気になるのはスポークがリムまで回り込んでいること。かつては手触りの変化を嫌って縫い目の位置にまでこだわっていたポルシェの仕事として、これはどうだろうか? 繊細な操作感を削ぐリム自体の太さも残念。マーケティングからの要望だというが、仮にそういう声があったとしても、それはポルシェが耳を傾けるべきものだとは思えないのだが・・・。
エンジンを始動すると、おやっと思い、フロア側にも+/−ゲートが復活したセレクターをDレンジに入れて走り出すとハッキリとわかるのは、エンジンがとりわけ低回転域で振動が少なく、非常に静かなことだ。街中では、背後からフラット6サウンドはあまり耳には届かず、正直ちょっと寂しい。
その一方で感心させられるのがPDKのマナーの良さで、そのクリープ感も含めて、まるでティプトロニックSのようなスムーズさだ。その後のシフトアップも微塵のショックも感じさせることはなく、気付けば80km/hに達する前には7速に入っている。100km/hでのエンジン回転数は、7速でわずか1750rpmでしかない。
そのままDレンジでアクセルを踏み込んでいくと、それに応じて最大3段飛ばしのシフトダウンが行われ、欲しいだけの加速を得ることができる。ティプトロニックSもこの辺りのコントロール性は抜群だったが、PDKはレスポンスが速いだけに、なおのこと意思とクルマがシンクロして感じられる。また、やはりこれまでと同様、Dレンジのままでもステアリングスイッチは有効で、その場合には最大8秒後にはDレンジに復帰する。
とは言え、左右ともに手前側がアップ、奥側がダウンのスイッチ配列はやはり違和感があり、結局最後まで馴染むことができなかった。またアップ側のスイッチの位置もリムに近過ぎて、コーナリング中に不意に触れてしまうことも。苦言ばかりとなってしまうが、なまじ期待値が高いだけに、もの申したくなってしまうのだ。
ではと今度はフロアセレクターでのマニュアル変速を試してみる。こちらも+/−の配置は逆の方がいいが、レバーのタッチは良い。しかし感心させられるのは、フロアセレクターで変速する場合には、それまでと制御が切り替わることだ。たとえばキックダウンは、奥深くまで全開に踏み込んだ時に7速からでも3速まで一気に下がる以外は基本的に行われないし、自動シフトアップもしないといった具合に、明らかにスポーティな走りに寄ったモードが起動するのである。
この辺りまで楽しんだところで、911カレラSへと乗り換える。こちらもエンジンをかけ走り出したところまでの印象はカレラと同様。随分静かな印象だ。それでも、カレラSの場合は3000rpm台中盤からカレラより1枚上手のトルクが盛り上がり、車体を力強く前に進めてくれる。しかも、その快感はトップエンドまで持続する。スペック上、カレラを40psも凌ぐパワー感を保ったまま、7400rpm過ぎのリミットまでしっかり回り切るのだ。
嬉しいことに、中速域以上では911カレラも911カレラSもフラット6サウンドがしっかり耳に届く。とは言え、カレラSのそれも、前期型のような演出めいたものではない。個人的には、この方がポルシェらしくて好きだが、人によってはカレラSを選ぶ意味がないと思ってしまう可能性はありそうだ。
しかし、ワインディングロードで「SPORT PLUS」モードを試せば、誰も刺激がないなんて口にはできないはずである。変速時間はアップもダウンも俄然速く、しかもDレンジのままでも、まさにジャストなタイミングで絶妙なシフトダウンを決めてくれ、ステアリングスイッチやセレクターレバーに触れようという気にすらならない。まさにPDKの真の実力が発揮されるのだ。19.4万円と決して安くはないが、911を時にはスポーツカーらしく走らせたいと思っているならば、スポーツクロノパッケージプラスは間違いなく必須だ。公道では優秀なローンチコントロールの出番はないだろうが、それでも価値は十分ある。