温かみを実感できるデザイン自然に触れているような印象
いまさら説明するまでもなく、桂伸一さんは日本を代表する自動車評論家のおひとり。私も同業者の端くれとして、桂さんとこれまで30年近くにわたりお付き合いしてきた。だが私にとっての桂さんは、自動車評論家という以上に、レーシングドライバーとしての印象が強い。しかも、かつてはラジコンレースで世界選手権に出場したこともあるという多彩な経歴の持ち主だ。まずは、桂さんのプロフィールを簡単にご紹介しよう。
1959年生まれの桂さんは東京都の出身。ご多分に漏れず幼い頃からクルマが大好きで「大人になったらレーシングドライバーになる」ことを夢見ていたという。もっとも、若き日の桂さんがすぐにその夢を叶えることはできず10代の頃はスロットカーレースに打ち込む毎日を過ごした。当時を、桂さんが振り返る。
「スロットカーレースは、サーキットに8レーンが用意されていれば(公平を期すために)最低8回はスタートします。スタート前に緊張するのは自動車レースもスロットカーレースも同じですが、さすがに1日に何回もスタートを経験していたら、その緊張感にも徐々に慣れてきます。おかげで4輪のレースに出場するようになってからも、スタート前に緊張で身体が震えることはありませんでした。なので、これを見た関係者はずいぶん驚いている様子でした」
スロットカーレースに続いてはラジコンカーレースに挑戦。3.5ccのガソリンエンジンを積む1/8スケールのマシンは、最高速度が100km/hにも到達するが、世界選手権ともなると参加者のレベルは恐ろしいほど高く、全員が一本の同じラインを走行できるくらい正確なコントロール能力を備えていたという。
「結局、勝負を左右するのはモノの違い。だから、良いモノを手に入れた人が勝利する世界でした」
やがてラジコン時代に得た知己の紹介で、出版社に就職。高性能チューニングカーを扱う雑誌の編集部員へと転身した。ここを足がかりにして4輪レースにデビューした桂さんは、天賦の才とそれまでの経験を総動員してモータースポーツに打ち込むとやがてプロのレーシングドライバーとして、全日本ツーリングカー選手権やスーパー耐久シリーズに参戦するまでになる。
さらには、あのニュルブルクリンク24時間レースに8度出場。うち5回は、イギリスの伝統あるスポーツカーメーカーからワークスドライバーとして参戦し、2度のクラス優勝に貢献しているのだ。私が、桂さんのことを自動車評論家というよりもレーシングドライバーとして見ている理由も、これでご理解いただけただろう。
そんな桂さんがここ数年、惚れ込んでいるのがスウェーデン生まれのボルボ車だ。なぜ桂さんはボルボに「はまった」のか。まずはそのきっかけを教えてもらった。
「僕たちは職業上、たくさんのクルマに試乗できるでしょ?とくにドイツのクルマは取材する機会が多い。だから、ドイツ車が機械として優れていることはよくわかっているんですが、どこか冷たいような気がしてしまう。それは何か明確なものを感じているわけではなくて、言ってみれば『空気感』のようなもの。その冷たさが気になって、ちょっと前までは日本製のハイブリッド車を3台乗り継いでいました」
そんな桂さんの目の前に現れたのが、2013年に発売された2代目ボルボV40だった。
「その前の年のジュネーブショーで見て、ひと目でデザインが気に入りました。日本に導入されてから試乗してみると、ドイツ車とは違う温かみを実感しました。なにか、人肌というか、自然に触れているような感じがしたのです」
ただし、V40の購入もすんなりと決まったわけではない。
「あるとき奥さんに試乗してもらったら、トランスミッションがDCTだったので、上り坂での発進時に(クリープ力が弱くて)後退してしまい、これを奥さんが怖がった。それで困ってしまったのですが、V40クロスカントリーT5なら(慣れている)トルクコンバータ付きAT仕様なので、こちらを手に入れることにしました」
購入したV40クロスカントリーT5は、想像していた以上に桂家によく馴染んだという。
「僕はそろそろSUVを買いたいと思っていたのですが、奥さんは『あまり背の高いクルマは乗りたくない』という意見。でもV40クロスカントリーだったら普通のハッチバックとSUVの中間的な位置づけだから、不安なく乗り換えることができたんです」
V40クロスカントリーT5に搭載された直列5気筒エンジンの感触も、桂さんの頬を綻ばせることになった。
「もともとエンジン音へのこだわりが強い僕にとって、あの5気筒サウンドはボルボそのもの。聞いた瞬間に『ああ、これだ!』と思いました」
気になったのは燃費くらいだだったというV40クロスカントリーは桂家で大好評。やがて車検も通したが、3年少々を経過して査定額の低下が気になり始めた。
「もうすぐ(新型の)XC40が出るのはわかっていて、次はもうこれだな!と決めていたのですが、ちょっとタイミングが合わなくて、同じくらいのボディサイズのドイツ製SUVに手を出してしまいました」
ところが、クルマを受け取って自宅まで帰る途中で、ドイツ車特有の「冷たい」感触に嫌気がさしてしまったという。
「『いや、違う。これじゃない!』と思っちゃって。結局、買って3日で、大手のクルマ買い取り業者さんに売却しました」