スポーツやラグジュアリーというシンプルな言葉では語り切れない
スーパーカー世代の方々は、マセラティと聞くとメラクやボーラなどミッドシップモデルのことを思い起こすかもしれない。さらにいえば、創業当時からモータースポーツに打ち込み、戦後のF1グランプリを席巻した250Fの栄光をご記憶の方もいるだろう。
たしかにマセラティは数多くのハイパフォーマンスカーを手がけ、モータースポーツ界で輝かしい戦績を残してきた。しかし、だからといってフェラーリやランボルギーニなどと同じスーパースポーツカーブランドと捉えると、その真の姿を見誤ることになりかねない。
2022年にインタビューした同社チーフデザイナーのクラウス・ブッセ氏は、現在のマセラティにつながるコンセプトは1950年代半ばに生まれたA6GCSに起源がある、と教えてくれた。車輪が剥き出しの葉巻型フォーミュラカーを公道でも走行可能なスポーツカーとするため、流れるように美しいフェアリングで前後のタイヤを覆い、これと葉巻型のボディを一体化したのがA6GCSのデザインだった。「おちょぼ口」のフロントノーズは現代のマセラティにも受け継がれているデザイン要素だが、これはA6GCSを形作る重要な特徴でもあったのだ。
A6GCSのキャラクターはクルマづくりの面でも決定的な役割を果たした。なにしろ、F1並みの性能を持つハイパフォーマンスカーを公道でも乗れるようにしたのがA6GCSだったのである。現代のマセラティもこの思想を受け継ぎ、モータースポーツ由来のメカニズムや速さを備える一方で、そこに優れた快適性を盛り込むことをクルマづくりの基本としてきたのである。
この、スポーツ性だけでなく快適性も重視するマセラティの姿勢が、パフォーマンス最優先で作られたピュアスポーツとの決定的な違いといっていい。このため内外装のデザインにしても、スパルタンなスポーティさではなく、エレガントな上質さも併せ持つことが「マセラティらしさ」とされた。
その味わいは繊細で奥深いが、スポーツやラグジュアリーというシンプルな言葉では割り切れないだけに、わかる人にはわかっても、そうでない人にはわかりにくい世界観と言えなくもなかった。
グレカーレは新しい基本構造を用いた、入魂の期待作だ
そんなマセラティは、高性能な2ドアクーペや4ドアスポーツセダンを長らく作り続けてきたが、2016年には初のSUVとなるレヴァンテを発表。いかにもマセラティらしい「エレガントなスポーティさ」をSUVとして再解釈したこのモデルは、たちまち大ヒット作となり、イタリアモデナ生まれのスポーツラグジュアリーブランドに新たな伝統を付け加えた。
22年に発売されたグレカーレは、レヴァンテに続くマセラティ製SUVの第2弾にあたる。
全長はレヴァンテの5020mmに対してグレカーレは4846mmとひとまわり小さいが、それ以上に異なるのがアーキテクチャーで、ギブリと同じひと世代前のプラットフォームを用いたレヴァンテに対し、グレカーレはアルファロメオ ジュリア用として誕生した最新アーキテクチャーの「ジョルジョ」を採用。ボディの大幅な軽量化や高剛性化を果たすとともに、サスペンションにも最新のテクノロジーを投入。快適性とスポーツ性のバランスを大幅に進化させた。
20年11月にそのプロトタイプをイタリアのバロッコプルービンググラウンドで体験し、高剛性ボディに支えられた精度の高いハンドリングに圧倒されたのだが、年5月にはモデナ周辺で量産モデルをドライブ。バロッコでの体験が本物だったことを再確認したのである。
今回、日本で試乗したのは、販売の主力になると見込まれるベーシックグレードのGT。マイルドハイブリッドシステムを備えた2L直4ターボエンジンは300psと450Nmを生み出し、8速ATを介して4輪を駆動する。
一方のレヴァンテGTもパワートレーンはグレカーレGTと大きく変わらないが、最高出力は330psと、一段と力強い(最大トルクは450Nmで共通)。このため最高速度はグレカーレGTの240km/hに対してレヴァンテGTは245km/hと一歩リードするものの、0→100km/h加速はグレカーレGTより実に410kgも重い車重が災いしたのか、グレカーレGTの5.6秒には及ばない6.0秒に留まる。