夫婦の危機は会社の危機。もうひとつの家族が癒しに
もっとも、ル・マンであれミッレミリアであれ、エンツォにとってレースは人生を賭けて「勝利すべき」舞台だった・・・ということは、予備知識として持っておいたほうがいいでしょう。そうでないと映画の冒頭から、彼の言動が少し理解しにくいかもしれません。
当時の「フェラーリ社」は、レースで勝つことで名声を高め、ロードモデルの販売につなげ、そこで得た資金をさらにレースにつぎ込むという循環で事業を回していました。ですからまずは「勝つ」ことにエンツォが腐心していたことは、経営者として当たり前と言えばしごく当たり前なことでした。
それでも普通の感覚で観ていると、エンツォの執念は時に狂気を伴っているように思えます。作中での印象としては、クールな偏屈オヤジといったところでしょうか。しかも、事業をともに立ち上げた「パートナー」である妻に隠れて愛人をつくり、子供までできているとなると・・・なかなか感情移入はしにくいかもしれません。
主人公エンツォ・フェラーリを演じたのは、アダム・ドライバー。「スターウォーズ エピソード7~9」のカイロ・レンを演じたころからとても注目してきた俳優さんです。実生活ではまだ30代なのに、還暦目前を迎えて悩ましい男の生きざまを、リアルなメイクと合わせて生々しく演じています。
共同経営者であり正妻でもあるラウラ役を演じたペネロペ・クルスが、また凄い。おそらくはかつて熱狂的に愛し合った男を、公私ともに時に淡々と、時に感情的になりながら追い詰めていきます。表情はもちろん言動が、エンツォとはまた別の意味で迫力満点です。
ふたりの確執の背景には、前年に起こった愛息ディーノの死、という悲劇があります。それでもこの夫婦関係は、痛すぎる。だからこそ「別宅」に待つ愛人リナ・ラルディ(シャイリーン・ウッドリー)と、認知されえされていないエンツォの息子ピエロ・ラルディ(ジュゼッペ・フェスティネーゼ)とのやりとりに、心癒されます。
エンツォが、不器用な優しさを見せるシーンなど彼女たちと過ごす時間は、少なくとも表面上は穏やかに過ぎていきます。終始、緊張感をはらんでいる感のある作品の中では一服の清涼剤と言えるでしょう。だからこそ、彼らが本当の幸せをつかむことができるのか・・・という目線でなら、感情移入も容易になりそうです。
ラウラをめぐる離婚と倒産というふたつの危機がみごとに「シンクロ」して、リアとピエロの人生を脅かしかねない事態へと進んでいくあたりは、下手なミステリーよりも深みのある不安感と焦燥感を煽ってくれたのでした。