パワースペックから想像し難い乗り心地の良さにも感激
「世界的なSUVブーム」という言葉は、最近では言い古されてきた感もあるが、それでも「ベントレーもSUVを出すらしい・・・」と聞いたときは、さすがに「ウソでしょ!?」と思ったものだった。かつてはル・マン24時間レースで4連勝し、70年以上を経て復帰したときも優勝を飾るなど、プレミアムブランドの中でもスポーツイメージが強い(それでも、スポーツカーメーカーではない)ベントレーが、SUV=スポーツ ユーティリティ ビークルとはいえ、その手のクルマをつくるとは思えなかったからだ。
だが、それは紛れもない事実だった。2015年に発表され、日本には2016年から導入されたSUVは「ベンテイガ」。その名は、スペイン領カナリア諸島にあるロケベンテイガという岩山の名と、ロシアの針葉樹林であるタイガからインスパイアされた造語で、世界中のあらゆる道を走破できるベントレーを意味しているという。
ご存じのようにベントレーはVWグループに属しているから、基本的なプラットフォームはVW トゥアレグ、アウディ Q7、ポルシェ カイエン、そしてランボルギーニ ウルスと共通だ。もちろん、これらのモデルもSUVとしての資質は高いし、パフォーマンスも十分以上。だが、ベンテイガはそれ以上の存在といえるだろう。さらに、今回試乗した「スピード」は、そんなベンテイガのハイパフォーマンスモデルだ。
独特の丸型4灯ヘッドライトと大きなグリルで、ひと目でベントレーとわかるベンテイガだが、スピードではそのヘッドライトやグリルがダークティントされ、迫力を増している。サイドにまわれば22インチの巨大なホイールとボディ同色のサイドスカート、テールゲート上には大きなリアスポイラーも備わる。ノーマルのベンテイガでも迫力は十分だが、このスピードは止まっているだけでも「ただ者ではない」ことを感じさせる。
ドアを開けて乗りこむ。シートなどの素材にはベンテイガとしては初めて合成スウェードのアルカンターラも採用し、ノーマルのベンテイガよりスポーティな雰囲気にまとめられている。それでも、目線が高いので意外と大きさを感じさせないシートポジション、複雑そうに見えるがさほど慣れは必要としないインターフェースなどは、ノーマルのベンテイガ同様に扱いやすそうだなと思わせてくれる。
狭角V6を二つ合わせた独特のW12ツインターボは、635psと900Nmを発生する。間もなく日本でもデリバリーが始まるベントレーの新たなフラッグシップ、フライングスパーのエンジンと基本的には同じものだ。今回の試乗は都心でのチョイ乗り。市街地が大半で、ほんの少しだけ首都高速を走ったけれど、そんな試乗でベンテイガ スピードのパフォーマンスなんて一端もわかりそうにない。
それでもわかったことは、まずこのW12ツインターボはいかにも21世紀のパワーユニットらしく、おそろしく静かでスムーズなこと。ノーマルより27psパワーアップ(最大トルクは同じ)していると言われても、街中で乗っている限り違いはわからない。アクセルペダルに足を載せているという感覚だけで、流れに乗って普通に走ってくれる。しかも、22インチの40タイヤを履いているのに、乗り心地はまったく悪くない。それでいながらコーナリング姿勢もきわめて安定している。
前が空いた直線路で、ちょっとだけアクセルをベタ踏みしてみた。一瞬のラグの後、2段くらいキックダウンしたかと思うとワープするかのような加速を見せた。あっという間に前車に迫ったので、すぐに減速したけれど、2.5トン近い車重のクルマの加速とは思えないものだった。ドライビングモードはスピード専用にSPORTが設定されているが、これはクルマ全体のレスポンスを向上させるものの、市街地では持て余し気味だった。
日本で乗るなら、ノーマルのW12はおろか廉価版(失礼!)のV8搭載モデルでもパフォーマンス的には十分だろう。それでも「世界最速のSUVを所有したい」という思いと経済力があったら、ベンテイガ スピードを手に入れたいという欲望を抑えることはできないかもしれない。だが残念ながら、日本には限定20台で導入されるベンテイガ スピード、既にすべて売約済みであるという。(文:篠原政明/写真:井上雅行)
ベントレー ベンテイガ スピード 主要諸元
●全長×全幅×全高:5150×1995×1755mm
●ホイールベース:2995mm
●重量:2437kg
●エンジン種類:W12 DOHCツインターボ
●排気量:5950cc
●最高出力:467kW<635ps>/6000rpm
●最大トルク:900Nm<91.8kgm>/1350-4500rpm
●トランスミッション:8速DCT
●駆動方式:フルタイム4WD
●タイヤサイズ:285/40ZR22
●税込価格:3000万円