2009年、日産GT-Rのデビュー時からその存在が公言されていた「スペックV」が登場した。1575万円という車両価格、470万円というカーボンセラミックブレーキの補修部品価格も大きな話題を呼んだ。「ポルシェ 911 GT2に匹敵する」と言われたパフォーマンスはどんなものだったのか。ここでは仙台ハイランドレースウェイで行われた試乗会の模様を振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2009年6月号より)

予想以上に効果的だったハイギヤードブースト

さて、随分長い前置きになったが、今回は僕自身も早くスペックVに乗りたいという気持ちをじらしにじらされた上での試乗だったのだ。同じ気分になってもらったところで、いよいよその印象に移りたいと思う。

深いサポート性を得たシートに身体をあずけ、ハイギヤードブーストの使い方を聞いてからピットロードへ走り出ると、サスペンションがよく動いていることに感心させられる。標準車やクラブスポーツパッケージと較べてもバネは明らかに硬いのに、いかにも質量が軽い感じで、荒れた路面をスッスッといなしていく。この乗り心地の良さは驚きだ。

肝心な制動力の高さも、本コースに出て最初のコーナーに向けて減速する際の締め付けるような効き味で大いに期待感を煽ってきた。そして、より速度を上げて次のコーナーに挑むと、やはりその効きはまるで車体が後ろに引っ張られるよう。足の裏に生々しく伝わるフィーリングも、噛み込み過ぎず、しかし滑らず、ストロークの奥の奥まで限界知らずで、リニアにコントロールできる。これまでの多くのカーボンブレーキにあった気難しさはほぼ皆無。凄まじい効きという旨味だけに浸ることができるという具合だ。

ところが、そんな制動力など単なる序章に過ぎなかった。十分に減速し、エイペックスに向けてステアリングを切り込んでいくと、スペックVは標準車より明らかに軽快に、操舵の量と速さに対して正確に車体が向きを変えていく。そこからの切り返しでも、動きは格段に身軽。とにかくレスポンスが抜群なのである。

画像: 仙台ハイランドレースウェイで、スペックから想像する次元を超えた走りを見せた。写真はスペックV。

仙台ハイランドレースウェイで、スペックから想像する次元を超えた走りを見せた。写真はスペックV。

確かに動き方はGT-Rなのに、身のこなしはライトウエイトスポーツのように軽快。スペックVのフットワークは、そんな不思議な、あるいは強烈な違和感に満ちたものだった。決してピーキーなわけではない。

車重、とくにバネ下重量の圧倒的な軽さによってサスペンションが素直にスムーズに動くためコントロール性は良く、限界を探り、そこをキープするのはむしろ容易い。クラブスポーツパッケージの乗りやすさが限界の幅の広さから来るとしたら、スペックVは、その領域を見極めクルマをそこに持っていくのが非常に楽だといったところ。乗りやすさが速さに繋がっているということは、つまり攻めれば攻めるほど速さに繋がり、そしてまたさらに攻めたくなるということである。これは堪らない。

ハイギヤードブーストも効果は予想以上だった。ステアリングスポーク上のスイッチを押し上げ、メーターパネル内のランプが点灯から点滅に変わったらスイッチオン。アクセル操作に対するツキが明らかに向上して、とくに立ち上がりでは別次元の伸びを味わえる。トルクの向上代は2kgmというが、体感的にはそれ以上に感じられる。何しろ最初に試した時など、オフの時と同じ感覚でアクセルオンしたらリアが一気にブレイクしてしまったほどなのだ。

コースによって、どこでオンにするのがもっとも効果的なのかを検証する必要があるあたりは、今年からF1に登場したKERSとも似ていて、それも楽しみのひとつとなりそう。正直、乗る前には最高出力は変わらないし、どれほど意味があるかとも思っていたのだが、実際は上手く使えばパフォーマンスアップに繋がること確実の、なかなか面白いデバイスだったと言えそうである。

画像: ハイギヤードブーストのスイッチを入れると、約80秒間、3500〜5000rpmの領域でトルクを増強させることできる。

ハイギヤードブーストのスイッチを入れると、約80秒間、3500〜5000rpmの領域でトルクを増強させることできる。

率直に言って、その走りはスペックから想像した次元を超えていた。スポーツカーにとってブレーキング能力がどれだけ大きなウエイトを占めているのか、バネ下重量の軽減がどれだけフットワークに違いをもたらすのかを改めて実感できたという印象だ。

こうなると価格も納得するしかないのかなという気はしてくる。標準車を基準に見れば確かにおそろしく高いが、世の超高性能車達との比較では、間違いなくリーズナブルなのも事実。もちろん、車両価格に対する補修部品価格の値段の高さや、高負荷でのブレーキ慣らしなどまさにレーシングカー並みのメンテナンスを要することなど、腑に落ちない部分はいくつもある。あまりにマニアック過ぎて、ユーザー像が見えにくいという思いも簡単に拭えるものではないのだが。

4月にニュルブルクリンクにて行なわれた恒例の開発テストで、GT-R標準車はこれまでの最速ラップタイムをさらに塗り替えた。そうなればスペックVの、市販車最速記録の更新は確実だが、その発表の際に水野氏は、そのラップタイムは公表しないと宣言していた。しかし、どうせならとことんやればいいのではないだろうか? スペックVの存在や価格の理由や意味を明確にするためには、その真価をハッキリと世に知らしめるべきだろう。

あるいはタイムを知っても尚、そこに構築された世界を理解するには足りないかもしれない。スペックVの走りは、それぐらい衝撃的だった。チャンスがあるならば、手に入れてみる価値はある。ただしオーナーには、ガレージにしまい込むのではなく、ぜひともサーキットなど然るべき場所で、その野性を解き放ってやってほしいと切に願うばかりだ。(文:島下泰久/写真:原田 淳)

日産 GT-R スペックV 主要諸元

●全長×全幅×全高:4650×1895×1370mm
●ホイールベース:2780mm
●車両重量:1680kg
●エンジン:V6 DOHCツインターボ
●排気量:3799cc
●最高出力:357kW(485ps)/3200-5200rpm
●最大トルク:588Nm(60.0kgm)/4100rpm
●トランスミッション:6速DCT
●駆動方式:4WD
●10・15モード燃費:8.3km/L
●タイヤサイズ:前255/40ZRF20、後285/35ZRF20
●車両価格:1575万円(2009年当時)

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