日本では2022年11月に発表・発売開始となったID.4は完全な電気自動車、BEVである。なぜ本国で先行デビューしたID.3ではなく、SUV的な価値観を合わせ持つID.4が導入されたのか。そこからは世界的なモデル展開に対する巧妙な戦略も見えてくる。(Motor Magazine 2023年3月号より)

世界の「スタンダード」と呼ばれるには、理由が要る

画像: 新たなるスタンダードを目指すBEV「ID.4」。

新たなるスタンダードを目指すBEV「ID.4」。

「フォルクスワーゲン」の真髄を語るにはビートル(タイプ1)とゴルフ、このふたつのモデルさえ例に挙げれば済む。「ピープルズカー」と自ら名乗るこのブランドのあり方はこの歴史的名車によって象徴され、定義づけられ、広く世界に認知されてきたからだ。

もちろんフォルクスワーゲン ブランドにはその他にも記憶に残るモデルが沢山あるが、それらの多くもほぼすべて、この2モデルの影響下にあったと言えるだろう。

だが、そもそもビートルとゴルフの計画時における開発コンセプトは、マーケティング対象という点で微妙に異なっていたはずだ。

もちろん、いずれも“大衆車の世界的なスタンダード”モデルである。けれども、その評価はあくまでも歴史的なものだろう。開発時の、少なくとも想定されたメイン市場のイメージでいえばビートルは「ドイツ国民のためのクルマ」であっただろうし、ゴルフは「ヨーロッパ人のためのクルマ」であった。つまりビートルは「ザ・ドイツ車」であり、ゴルフは「ザ・欧州車」なのである。

そして、想定されたメインマーケットにおいて絶大な支持を得たことが、歴史的に見て「世界のスダンダード」といえるまでのロング&ベストセラーカーへと、この2モデルを引き上げた。

必須の課題となった柔軟なパワートレーン戦略の推進

画像: 駆動用バッテリー容量はID.4ライトが52kWh、ID.4プロが77kWhでローンチエディションと同じだが、制御関係のハードウエア/ソフトウエアの改良により一充電走行距離はやや伸びている。

駆動用バッテリー容量はID.4ライトが52kWh、ID.4プロが77kWhでローンチエディションと同じだが、制御関係のハードウエア/ソフトウエアの改良により一充電走行距離はやや伸びている。

ビートルの誕生(市場投入)からおよそ75年、ゴルフの登場から45年ほどが経った現代において、いわば20世紀を代表する強力な2モデルのイメージを超克し、ブランドとしてさらなる発展と進化を期する新たなモデルや派生シリーズのコンセプトを考え始めたときに、次世代の主力となるクルマは「ザ・世界車」、シンプルに言ってグローバル市場を見据えて開発されなければならない、とフォルクスワーゲンは考えたはずだ。

もちろん「世界」と大雑把に括っても、それぞれのマーケットが抱える事情といえば、複雑で多様であることは読者の皆さんもご承知のとおり。肝心のエネルギー問題に至っては自動車の歴史がいまだに丸ごと世界中には詰まっている(その意味では、クルマというものの耐用年数が他の工業製品とは違い何とはるかに長いことか!)。

それゆえグローバル企業としては当然ながらパワートレーン戦略に柔軟性が必要で、マーケット対象ごとの分化が重要となる。

その一方で、ひとつの企業体としては重点を置くマーケットを決定してリソースを集中させ、ブランドイメージを常にハイレベル&最先端にキープする必要にも迫られていた。とくにフォルクスワーゲンのような「脛に傷」を持つブランドは、生まれ変わった感に満ちた世界的アピールも重要な課題となっていたのだ、と推測する。

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