日本では2022年11月に発表・発売開始となったID.4は完全な電気自動車、BEVである。なぜ本国で先行デビューしたID.3ではなく、SUV的な価値観を合わせ持つID.4が導入されたのか。そこからは世界的なモデル展開に対する巧妙な戦略も見えてくる。(Motor Magazine 2023年3月号より)

ブランドイメージ再生の切り札に不可欠なBEV

画像: これは50kW急速充電器の使用シーン。手を添えていると、あたかも給油している姿であるかのように見えた。

これは50kW急速充電器の使用シーン。手を添えていると、あたかも給油している姿であるかのように見えた。

ブランドイメージの再生や重要マーケットの策定を考え合わせて初めて、ID.シリーズという専用プラットフォーム(MEB)を用いたフル電動モデル戦略の必要不可欠さが理解できる。ブランドイメージ再生のキーワードは「脱内燃機関”であり、グローバル市場とは、まずは台数と影響力ある特定の地域を指していたはずだ。

お膝元のヨーロッパはもとより、以前にも増して北米(海岸沿い)と中国が重要となり、そしていずれの大市場においても“混じり気なしの電動化”がもっとも時流に適したものだという環境が、2010年台後半においては現出していた。そして過去のビートルやゴルフと同様に、モデル投入時に規定したメインマーケットで大成功を収めたならば、その評価がそのまま拡大することにより、歴史的に真のグローバルモデルになる。そんな風に同社が皮算用したとしても不思議ではない。

ことフォルクスワーゲンに限って言えば、前述のふたつの大きな目標を早期に達成するために他に取るべき戦略の選択肢があったとは考えづらい。かくして2019年に最初の本格BEVシリーズとしてID.3が登場、20年に本命というべきクロスオーバーSUVスタイルのID.4が登場した。

前者はコンパクトハッチバックカーであり、一見してゴルフの代替BEVであるようにも思える。けれどもID.3に関していえば欧州と中国でのみ販売を先行させており、次世代の主力モデルというほど力を入れているようには見えてこない。

むしろ、「ID.3がそうだ」と言われた方が納得しやすかったはずだが、逆に言うとそれでは安直に過ぎるということにもなりかねない。ビートルからゴルフに変わった時のようなブランドの一大決心であるとは、誰の目にも映らなかったことだろう。

単なるノスタルジーではなく意図された設計思想で登場

画像: 後輪駆動は狙ったというよりも、必然の設計であった。

後輪駆動は狙ったというよりも、必然の設計であった。

そこでフォルクスワーゲンが次世代のグローバルカーとして送り出したモデルがID.4というわけだ。なるほど、ある意味コンサバティブなハッチバックスタイルよりも、SUVクロスオーバーの方が以前から人気のあったアメリカや中国のみならず、欧州や日本といった成熟市場においても今や一般化している。とはいえ決してコンパクトとは思えないSUVスタイルで、これがフォルクスワーゲンの次のメインモデルだと言われても、BEVである以上に納得できないという方も多かったに違いない。かくいう筆者もそうだ。

なぜID.3を日本に入れないのか。最初はシンプルにそう思った。だが想像してみてほしい。長年愛された丸っこいビートルから次はゴルフね!と言われた時、世界中のフォルクスワーゲンファンは何を感じただろうか。

水平対向4気筒の空冷RRから直4水冷FFへとパワートレーンが劇的に変わったことよりも「なぜこんなカクカクしたクルマにしてしまったんだ」と思った方が多かったはずだ。ID.シリーズも内燃機関シリーズの伝統に則っていえばRRで、それだけを見れば空冷ビートル時代の再現であるなどと、つい言いたくなってしまう。

しかし「エンジン+トランスミッションよりも小さくて軽いeアクスル」と「現状ではとても重いリチウムイオンバッテリー」という従来とはまったく異なるパワートレーン構成において、エンジン時代のパッケージレイアウト用語であるFFやFRなどは、ほとんど意味をなくしていると考えていい。

なぜなら立方体として嵩張るエンジンの代わりに、三次元サイズにおいて比較的自由度のあるモーター+バッテリーの組み合わせにより、重量配分や空間パッケージの解決策が別次元の方法論へと帰着しているからだ。

つまり、デザインの自由度が広がったのだ。そしてそれこそが、電気自動車の魅力であろう。BEVの設計においてはパワートレーン配置や居住性、生産性への配慮レベルがエンジン車とはまるで違う。端的に言って、エンジン車に比べて複雑ではない。逆に言うとこれまでよりもいっそう合理的に駆動輪を決めることができる。

車体やシャシの電子制御技術が向上した今、ドライブフィーリングや取り回し性を重視して後輪駆動を採用するBEVの多いことは皆さんも先刻承知のことだろう。後輪駆動のID.4をRRだ!とビートル再来的に喜んでもいいが、それは狙ったというよりも、必然の設計であったというべきだ。

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