時代が変わっても、変わらない価値がある。現代におけるスポーツカーは、もはや「速い」、「低い」、「2ドア」だけでは語れない。求められるのは、走る歓びと日常性の両立、そして時代との調和。大切なのは、スペック以上にドライバーの感情を揺さぶるかどうか。いま一度、スポーツカーの本質に向き合いたい。フロントに大パワーのエンジンを搭載しリアを駆動する、そんなかつての主流だったスポーツモデルの姿が近年少しずつ変わってきた気がする。そうしたなかでこの3台は、もはや稀有な存在といえるだろう。それも日本・ドイツ・イタリアそれぞれの自動車文化や思想をダイレクトに伝えてくれるモデルなのだ。(MotorMagazine2025年9月号より)

この昂まりを味わえるのは最後かもしれない

遠い昔。人がクルマの運転を楽しいと知った頃に思いを馳せてみようじゃないか。当初は絶対速度の高さがとにかく大事だったことだろう。きっと前だけを見据え歯を食いしばりハンドルにしがみついてアクセルペダルを踏み抜いた。ほどなく「速さ」そのものが快感になっていく。けれどもまだ真のファンは訪れていない。

速く走らせようと工夫を重ねていくうちに、加速や減速、コーナリングといった基本の動きを自分の手足で曲がりなりにも制御できるような感覚が芽生えてはじめて、ドライビングファンは見つかった。その感覚を研ぎすまさせ、脳裏に刻み込む音楽として機能した要素が機械の発するノイズとバイブレーションだった。 

画像: アルファロメオ ジュリア クアドリフォリオ × BMW M2クーペ × レクサス RC F。この昂まりを味わえるのは、今が最期かもしれない。

アルファロメオ ジュリア クアドリフォリオ × BMW M2クーペ × レクサス RC F。この昂まりを味わえるのは、今が最期かもしれない。

たいそうな機械が、あたかも自らの拡大的な分身、つまり運動性能を大幅に引き上げて動くこと自体に大きな歓びがあることを人類はクルマで初めて知ったというわけだ(そのあたりに工業製品としては異例と言うべき寄せる愛情の原点があるような気がするのだが、それはまた別の話)。

翻って人の対応能力を遥かに超えた制御(性能はもとより人を超えていた)をクルマ自体が備えるようになった今、操縦する歓びの拠り所を見定めることは畢竟(ひっきょう)難しくなってきている。それでもなお、四肢を駆使する感覚の残されたある種の「人間的な」クルマたちは存在すると思うのだ。それは一体、どんなクルマか。

足で蹴り腕には自由がある、人間的な感覚が歓びの拠り所

その駆動方式は後輪駆動でなければならない。もし人が四足歩行動物であれば四輪駆動でも良かった。けれども、そうではない。脚で大地を蹴り、腕に自由があるという人間的な感覚は後輪駆動の方にまだしも親和性があると思う。

エンジンの搭載位置をどう考えるか。これはもうお好みでというほかない。とはいえ前輪の自由度は高ければ高いほど良い、というものではないことを私たちは経験から知っている。挙動以前にセンサーの働くようなプロフェッショナルドライバーならともかく、そうでない市井のドライバーにとって、より自然な動き、つまりはある程度の反応遅れを許してくれるエンジン搭載位置はフロントアクスル上ではなかったか。

画像: アルファロメオ ジュリア クアドリフォリオ × BMW M2クーペ × レクサス RC F。純エンジン+ハイパワーという、今や稀有な存在の3台。

アルファロメオ ジュリア クアドリフォリオ × BMW M2クーペ × レクサス RC F。純エンジン+ハイパワーという、今や稀有な存在の3台。

要するに、お楽しみはFRから始まる。フロントエンジン・リア駆動レイアウトであり、たとえばここに挙げた日独伊の3台のように高性能なエンジンを積んだスポーツモデルであると私は思っている。しかも時代の名機を積んだモデルばかりとなれば・・・。

少し先走って記しておくと、この3台は工業製品の完成度が上がった(裏を返せば個性が失われつつある)今の時代にあって見事に、「お国のキャラクター」をよく反映していた。近年、作る側(ブランド)も、買う側(マーケット)も、グローバル化には抗えなかったが、この3台のデザインや機能、性能には今なお国名を修飾語に使えるだけの個性を有している。否、高性能エンジンを積んだスポーツタイプという特殊領域であったがゆえに、その個性はあえて残され、しかも磨かれたに違いない。もっともBMW M2以外の2台はほぼ10年前にデビューという点にも一定の留意が必要になってくるが、それはさておき。

高性能エンジンを積んだFRモデルで、いわゆるスーパーカーの世界に属さないリアリティある選択肢、といったあたりがこの3台を取りまとめる大枠になるだろうか。加えて絶滅危惧種でもある(事実、うち1台は絶滅宣言グレードだった)。クルマの価格が大幅に上がった今、アンダー1500万円領域がボリュームゾーンになってしまったが、この3台はいずれもそれを下回るアッパーサイドに位置する。ちょっと前までならば乗り出し1000万円以下で楽しめたような領域で、円を含む日本が金融市場においてこうも弱まってしまえばやるせないが仕方ない。

そういった大枠以外の点では、エンジンからボディ形状、セグメントまで、同じ土俵に並べてしまうことを躊躇うほど中身の異なる3台だ。けれども性能の発露として、いずれのモデルもスポーツとグランドツーリングを2本の大きな柱としていることに異論はないだろう。個性は、デザイン性もさることながら、それらふたつの柱によるバランスの取り方にもっともよく現れてもいた。

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