2007年1月に上陸したゴルフGT TSIは日本でも大きな反響を呼んだ。Motor Magazine誌もこのモデルに大注目。ゴルフGT TSIはどんなクルマなのか、ゴルフシリーズの中にあってどんな存在なのかを検証すべく、ゴルフGTI、ゴルフR32、ゴルフGLiとともに試乗テストを行っている。ここではその興味深いレポートを振り返ってみよう。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2007年3月号より)

1.4Lという小排気量にしたのが大きなポイント

2005年のフランクフルトモーターショーで発表され、欧州ですでに販売されているゴルフGT TSI。当初は欧州専用という噂もあり、日本では味わえないのかと危惧されたが、このたび待望の上陸となった。

1.4Lという小排気量のガソリン直噴FSIエンジンにスーパーチャージャーとターボチャージャーの2つの過給器を組み合わせ、大出力/高トルクと低燃費を両立させたと言われるこの新しいパワーユニットに、知的好奇心を刺激されている方はかなり多いのではないだろうか。

僕自身その中の一人なのだが、正直に告白すれば、その効能を額面通りに受け取れない気持ちもどこかにある。まず過給エンジンで省燃費というのがどうもしっくり来ない。パワーが稼げるのは確かだろうが、同時に燃費も落ちるというイメージをぬぐえない。

いささか古い話になって恐縮だが、僕がこうした考えに至ったのには日本におけるターボエンジンの変遷が少なからず関係している。

BMWの2002ターボなど海外の高性能モデルへの憧れもまだ色濃く残る1979年末、日本車初のターボ車であるニッサン・セドリックがデビュー。他社も負けじとこれに追随した結果、80年代の日本車はターボ全盛期を迎えた。そして、この時に使われたターボのセールストークが「排気エネルギーを利用することで効率が高まる」という省エネを強調したものだった。

しかし、ご存知のように今では日本車の過給エンジンは少数派となっている。当時のターボ=省エネは当局を納得させるためのもので、本当の狙いはやはり高出力化にあった。そして省エネからエコへと環境対応が厳しさを増す中で、徐々にその数を減らし、現在は限られたキャパシティから力を絞り出す必要に迫られる軽自動車では盛んに使われるものの、小型車では直噴+ターボに復活の兆しを見せつつも、まだ大きなうねりとはなっていない。

まあ、こんな20年以上も前の常識で最新のTSIを計るのも失礼な話だが、潮が引くように姿を消した日本のターボ勢を想うにつけ、ターボとエコは相容れないものというイメージが僕の中で鮮やかに蘇るのである。

さらにもうひとつ、過給エンジンでどれだけリニアリティのあるパワーフィールが実現できているかという点も実に興味深い。

TSIは1.4Lという小排気量エンジンに2つの過給器を装着して、言い方は悪いが「パワーを絞り出している」ユニットだ。自然吸気であれば100ps前後、トルクも140Nm程度に落ち着くことがほとんどのこのキャパシティから、過給により170ps、240Nmを発生させるというのはかなりのハイチューンとなる。ここでもパワー指向のターボエンジンが大きなトルク変動をどう手なずけるかに腐心していた黎明期が想い起こされてしまう。

TSIは、ターボ単体では過給ラグの問題が生じるからと低回転域を専門に受け持つルーツ式スーパーチャージャーを採用しているが、そうなれば今度は、2つの過給器の連携をどうとるかという問題も生まれて来るだろう。

しかし、そんなことは開発したフォルクスワーゲンも先刻承知のはず。過給器が持つこうした命題をクリアし、さらに付加物が増えることによるコスト上昇を考えてもなおメリットがあると判断したからこそ、このTSIが開発されたのは間違いない。

燃費に関しては1.4Lという小排気量にしたのが大きなポイントだろう。TSIは2.4L相当のパワー&トルクを実現しているが、特に低負荷時において1.4と2.4のどちらが経済性に優れるかは容易に想像がつく。しかも、小排気量化は摩擦損失の低下にも極めて有効だ。

フリクションの低減は現在のエンジン開発において特に重要とされる部分だが、排気量を1.4LとしたTSIはこの点で最初から高い素養を備えているというわけである。

そして、2つの過給器によりエンジンに空気を強制的に送り込むことで体積効率を高め、パワーが必要な時により大きな仕事をさせる。つまりTSIはターボで余剰のパワーを得るという考え方ではなく、小さな排気量でいかに効率良く仕事をするかを綿密に計算して作り出されたエンジンというわけなのである。

画像: ゴルフGT TSI。GTにかわる形でゴルフシリーズに追加されたスポーティモデル。ただし、従来のGTがGLiをベースとしていたのに対し、GT TSIは1.4lツインチャージャーという革新的なエンジンを搭載した別モデル。

ゴルフGT TSI。GTにかわる形でゴルフシリーズに追加されたスポーティモデル。ただし、従来のGTがGLiをベースとしていたのに対し、GT TSIは1.4lツインチャージャーという革新的なエンジンを搭載した別モデル。

たかが1.4Lという先入観はアクセルひと踏みで吹き飛ぶ

ともかく走らせてみよう。アイドリングはピタリと安定しており、当たり前だがこの辺でTSIエンジンに特別な何かを感じることはない。

驚くのはその先。GTIとは異なる四角いノブのDSGをDレンジに入れてアクセルを踏むと、1.4L+過給器という先入観を見事に覆す強力な低速トルクが訪れたのである。

このエンジンは低回転域から非常に力強い。トルクの立ち上がりが鋭く、しかも強力なのだ。素の1.4ではまずあり得ない動力性能だから、これが過給によるものであるのは明白。ちなみにクランクシャフトの5倍速で駆動されるスーパーチャージャーはアイドリングに近い領域から過給を開始しており、1250rpmですでに200Nmというトルクを発生している。

回転が上がって排ガスの流量が増えてくると、ターボによる過給に徐々にスイッチ。走行状態にもよるが、2400rpmを越えるとターボが主体となり、3500rpm以上では電磁クラッチを切り離すことでスーパーチャージャーの駆動を止め、パワーロスを防ぐ。

なかなか複雑な制御をやっているわけだが、実際にそれを感じることはほとんどない。クラッチがつながってグイッと走り出したあと、途中でトルクの波を感じるようなことは皆無でひたすら直線的に伸びて行く。レブリミットは7000rpmとかなり高めの設定。最大トルクの240Nmは1500rpmから5000rpmまで。つまりフラットトルクで扱いやすい性格だが、回していくとリミットを簡単に越えるほど積極的に回り、かなりスポーティな趣きも感じさせる。

総合的に見て、動力性能は十分以上という感じだ。GTIの2.0T-FSIの200ps、280Nmと較べるとややマイルドではあるものの、それはGTIのグイグイとくる加速感が「クイクイ」になった程度のもので、並べて較べてでもしない限り差を感じることはない。ある意味GTIという存在が霞むほど、このGT TSIエンジンのパフォーマンスは高いのである。

しかも、組み合わされるミッションがDSGというのもそそられる大きなポイント。ATよりも伝導効率が高くロスが少ない(=燃費の向上が期待できる)という判断からの採用だろうが、同時に極めてレスポンスの良いマニュアルシフトも楽しめるという余録が付いて来るのは魅力だ。ステアパドルシフトが標準装備されているからなおさらである。

画像: ゴルフGTI。コンパクトなボディに刺激的な走りを秘めるスポーツモデル。レッドライン+ブラックハニカムのラジエーターグリルがGTIの特徴。

ゴルフGTI。コンパクトなボディに刺激的な走りを秘めるスポーツモデル。レッドライン+ブラックハニカムのラジエーターグリルがGTIの特徴。

ゴルフシリーズの格付けは一気に崩壊してしまいそうだ

というわけで、ゴルフのラインアップの中でGT TSIというグレードは大いに悩ましい存在となった。

今回はGT TSIがどういうモデルであるかを知るためにゴルフの主だったモデルを用意したが、ここでそれらの性格をもう一度整理しておこう。

V6エンジンに4モーションを組み合わせるR32は、価格面からも、またステアリングが重くアンダーステア傾向の強い乗り味の面からも、シリーズの中では別格という感じ。ハイパフォーマンスであることは間違いないが、それはアウトバーンのような超高速環境の中でこそ存分に発揮されるものであって、軽快さを魅力とするゴルフシリーズの中では異端だ。

しかし、それ以外のFFのゴルフは、これまでGTIを頂点にして奇麗なピラミッドができ上がっていた。EとGLiは自然吸気FSIエンジンを搭載するスタンダードモデル。高いボディ剛性や堅実なパッケージといったゴルフ本来の持ち味を手頃に満喫でき、乗り味もコンフォート指向が強い。1.6Lと2.0Lという排気量差も明快だ。

そして、動力性能はGLiと同じながら、スポーティな味わいを強調したのが従来のGTだった。GTIまでは必要ないが、少しスパイスの効いた走りとエクステリアが欲しい。そう考えるゴルフユーザーは多く、実際人気も高かったのである。

TSIエンジンを搭載する新しいGTもこうした流れを引き継ぐのは間違いないが、これだけ動力性能が向上して、しかもDSGまでも装備したとなると、これまでのGTと、TSIを搭載した新しいGTは名前は同じでももはや別物と考えた方がいいだろう。

ちなみに、新しいGTのパワーユニット以外の特徴を列記すると、スタンダードに対し20mmのローダウンサスを採用するのは以前と共通だが、タイヤサイズは205/55R16からGTIと同じ225/45R17にサイズアップしている。フロントマスクがR32やGTI系と同じ開口部の大きいV字グリルとなっている点も大きな識別点だ。

インテリアは、サポート部分の張り出しが大きなスポーツシートを採用するが、表皮は細かい突起が並んだファブリックで、どちらかと言えばあっさり。そんな中でTSIとわかる部分は、水温計に替えてメーターパネルにブーストメーターが加わったことだ。

いずれにせよ、これだけ仕様も性能も向上したGT TSIが、従来のGTと比べわずか3万円アップでしかない305万円で手に入るというのは極めてバリューに富んでいる。

しかもこのTSIエンジンはパワフルなだけでなく燃費もシリーズで最も優れ、10・15モードのカタログデータは14km/Lとなっている。今回のテストでも、性能を探るためかなり燃費に優しくない運転をしたにもかかわらず10.5km/Lと4車中最良の数値を記録した。自然吸気のGLiでさえ9.6km/LとTSIを上回ることはできなかったのだから、フォルクスワーゲンの言う低燃費性能も信憑性がにわかに高まってくるというものである。

そんなことを考えながらGT TSIをさらに乗り込んで行くと、やはり過給エンジンらしい側面をいくつか発見することになった。

まず、スタート時の強大なトルク。これが場合によっては過剰なほどに感じられることがある。今回のテストでは途中でウエット路面にも遭遇したのだが、路面が滑りやすい状況で無造作にアクセルを踏むとホイールスピンさえ誘発することがあったのだ。

もちろん通常の雨程度であれば、アクセル操作にほんの少し気を使うだけで問題は解決するが、スーパーチャージャーで急激にトルクが立ち上がる性格上、フォルクスワーゲンはこのTSIエンジンにパワーを絞る制御を加えている。フロアコンソールの前方にある「W」と書かれたボタンがそれ。ウインターを意味するのだろうが、これを押すとスタート時のトルクの出方が格段にマイルドになる。これは通常の街中走行でも有効となりそうだ。

アクセルレスポンスに関しても過給エンジンの片鱗が伺えた。強大な低速トルクはアクセルの踏み込みに対してほんのわずか、半テンポほど遅れて湧き上がってくる感じなのだ。これは普通にスタートする場面ではほとんど意識できないほど小さいものだが、例えば車庫入れでジワジワとアクセルを踏むような場面では気になることもある。

速度を乗せていくときのTSIのパワーフィールは直線的で実に気持ちがいい。トルク特性もフラットで扱い易さも抜群だが、アクセルの踏み方と回転領域によっては、多少トルクの出方にムラが出る場面にも遭遇した。

例えば曲率のきついコーナーを2速で、アクセルをジワッと開けて行くようなシーン。ここでやや唐突にトルクが高まることがあった。常にではなく、アクセルの踏み方でたまに感じられるものだが、それが3000rpmあたりの低い回転域で起こりがちなのは、やはりスーパーチャージャーとターボの連携に原因があるのだろう。

とは言え、ここで感じた現象はTSIの特性を少しでも深く知ろうとアレコレやった末に発見したもので、通常の使用で不便を感じるような類いのものではない。1.4Lという小さな排気量に2つの過給器を組み合わせ、想像を越える動力性能を実現したTSIは、ドライバビリティの面でも満足の行く仕上がりになっている。これは疑いようのない事実だ。しかも実用燃費でも満足の行く数値を出しているのだから、フォルクスワーゲンが自信を持つのも十分に納得できる。

そしてこのTSIエンジンは、今後その活用範囲を拡げて、いずれはフォルクスワーゲンガソリンエンジンの代名詞になるという。ゴルフトゥーランに140ps仕様のマイルドバージョンとも言えるTSIの搭載がすでに発表されているが、これがいずれはゴルフにも搭載され、現行のEやGLiに置き換わる存在となって行くと見て間違いない。

フォルクスワーゲンのパワートレーン戦略は実に興味深い。今回の170ps仕様のTSIは、日本初登場ということもあってハイパワーエンジンというイメージが強いが、実は主力エンジンという位置づけなのである。

画像: ゴルフR32。ゴルフシリーズの中にあって別格的存在のスーパースポーツ。3.2L V6+4モーションと中身は他のゴルフとは別物。

ゴルフR32。ゴルフシリーズの中にあって別格的存在のスーパースポーツ。3.2L V6+4モーションと中身は他のゴルフとは別物。

効率のよい知的なTSIはいずれ主力となっていく

ここで僕は、フォルクスワーゲンが技術コンシャスなメーカーゆえの高コスト体質であることを思い出してしまう。ベースとなる1.4LのEA711型スモールブロックは世界的な量産エンジンで、そのスケールメリットから低コスト化が図れ、組み合わせるターボもスーパーチャージャーもすでに技術的には確立されたものとフォルクスワーゲンは説明するが……。

いずれにせよ、この凝ったエンジンを中核に据えるという今後のフォルクスワーゲンの商品ラインアップは、ユーザー側にしてみれば極めて魅力的だ。経済的でパワフル、しかも効率を上げているという点で知的なイメージも色濃い。これが今後EやGLiの価格レベルでも手に入るとなれば、自然吸気派もあっさり宗旨替えするのではないだろうか。なにしろ僕自身、かなりこのエンジンの魅力にヤラれてしまっているほどなのだから。

それほどに今回登場したGT TSIは、僕個人にとっても悩ましい存在となってきた。実は手頃なサイズでスポーツ性も高いということから、ゴルフGTIを次なるクルマの有力な候補の1台と考えていたのだが、TSIの搭載によりその選択がグラついてきたのである。

乗り較べてみれば、ワイルドとも言えるパワー感や、キレ味が鋭く、しかも乗心地もしなやかなフットワークにさすがと思わせる部分も多いGTIだが、GT TSIもこれに肉薄する実力を持っている。少なくともエンジンパワーにおいてはスタートダッシュではむしろGT TSIの方が鋭いくらいで決定的な差は見出せない。

さらに言うなら140psのマイルドバージョンも、経済性やドライバビリティの点で170psとどう異なるのか非常に興味深い。そんなわけで僕の心は千々に乱れている。ともかく今後のフォルクスワーゲンの動向からまったく目が離せない。(文:石川芳雄/Motor Magazine 2007年3月号より)

画像: ゴルフGLi。シリーズの中核となる主力グレード。世界のベンチマークとしてクルマづくりの基準ともなっている。

ゴルフGLi。シリーズの中核となる主力グレード。世界のベンチマークとしてクルマづくりの基準ともなっている。

ヒットの法則

フォルクスワーゲン ゴルフGT TSI 主要諸元

●全長×全幅×全高:4225×1760×1500mm
●ホイールベース:2575mm
●車両重量:1410kg
●エンジン:直4DOHCツインチャージャー
●排気量:1389cc
●最高出力:170ps/6000rpm
●最大トルク:240Nm/1500-4750rpm
●トランスミッション:6速DCT(DSG)
●駆動方式:FF
●0→100km/h加速:7.9秒
●最高速度:220km/h
●車両価格:305万円(2007年)

フォルクスワーゲン ゴルフGTI 主要諸元

●全長×全幅×全高:4225×1760×1495mm
●ホイールベース:2575mm
●車両重量:1460kg
●エンジン:直4DOHCターボ
●排気量:1984cc
●最高出力:200ps/5100-6000rpm
●最大トルク:280Nm/1800-5000rpm
●トランスミッション:6速DCT(DSG)
●駆動方式:FF
●0→100km/h加速:6.9秒
●最高速度:233km/h
●車両価格:344万円(2007年)

フォルクスワーゲン ゴルフR32(4ドア) 主要諸元

●全長×全幅×全高:4250×1760×1505mm
●ホイールベース:2575mm
●車両重量:1590kg
●エンジン:V6DOHC
●排気量:3188cc
●最高出力:250ps/6300rpm
●最大トルク:320Nm/2500-3000rpm
●トランスミッション:6速DCT(DSG)
●駆動方式:4WD
●0→100km/h加速:6.2秒
●最高速度:248km/h
●車両価格:443万円(2007年)

フォルクスワーゲン ゴルフGLi 主要諸元

●全長×全幅×全高:4205×1760×1520mm
●ホイールベース:2575mm
●車両重量:1380kg
●エンジン:直4DOHC
●排気量:1984cc
●最高出力:150ps/6000rpm
●最大トルク:200Nm/3500rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:FF
●0→100km/h加速:9.5秒
●最高速度:205km/h
●車両価格:282万円(2007年)

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