低燃費と優れた動力性能を追い求めた
大幅な燃費向上に対する要求が、世界のマーケットで「待ったナシ」の状況だ。日本では昨年(2006年)末、経済産業省と国土交通省が合同審議会で乗用車の燃費規制値を2015年をめどに大幅に引き上げる案を発表。2004年度の出荷台数をベースとした比較では23.5%、車重に応じて16のクラスに分類される規制値による加重平均では、現行よりおよそ30%もの向上がそこでは求められている。
欧州連合(EU)ではその「政府」にあたる欧州委員会が、自動車からのCO2の排出量を大幅削減することを義務付ける文書を発表。こちらは、2012年までにEU域内で販売する新車の加重平均値で、CO2排出量を120g/km以下にすることを求める内容。ここにはタイヤなどでの改善やバイオ燃料の利用などによる10g/km分が見込まれ、「自動車本体」での規制値は130g/kmで決着したが、それでもガソリン1L当たりのCO2排出量はおよそ2.3kgなので、日本流の読み方に換算すれば約17.7km/L。やはり、極めて高いハードルであることに変わりはない。
「京都議定書」へのサインを拒むなど、日欧に比べれば相変わらずエネルギー使用の削減には消極的であるようにも受け取られかねない世界最大の自動車マーケット、アメリカ。が、そこでも燃費向上への取り組みが見られないわけではない。自動車の燃費改善を直接規制するものではないが、米国ではこの1月、大手企業10社のトップがブッシュ大統領に対して、2050年までに現在よりも60〜80%のCO2を排出削減する目標を立て、それを義務化すべきという提言を行ったという。同時に、今年から10年間でガソリン消費量を20%削減する目標を掲げ、エタノール等の代替燃料の普及も促進中。日欧と同様に、やはり燃費の改善はもはや急務になっている。
こうして、世界の主要マーケットで厳しい燃費改善への要求が高まってくると、自動車メーカーも当然それに応えるべく様々な努力を続けざるを得ない。だが現代の自動車の燃費性能の向上にとって、やはりその要(かなめ)中の要となるのは、エンジンそのものの効率改善にある。
フォルクスワーゲン ゴルフに積まれる「ツインチャージャー」付きの1.4Lエンジンと、BMW335iに積まれたツインターボ付き3Lエンジン。これらは共に、前述のような時代の要請を受けて燃費の改善を強く意識しながらも、同時に「自動車」というモビリティの手段の中にあっても重要な楽しみである「優れた動力性能」をも追い求める、という点で共通項を備えるユニットなのだ。
ふたつの過給器を直列に配するツインチャージャー方式のTSIエンジン
低燃費と優れた出力性能の両立のため、あるレベル(ゴルフに相当?)以上のモデルでは今後、標準ユニットとして採用する意気込みを示しているのがフォルクスワーゲンのツインチャージャー付きTSIエンジン。これはまず、ベースエンジンに小排気量のユニットを採用して基本的な燃費性能を向上。その上で、不足気味となる加速の能力は過給によって補おうという「ダウンサイズコンセプト」に基づく心臓だ。
ゴルフGT TSI用の場合、そのベースにチョイスをされたのは「フォルクスワーゲンラインアップ中で最量販のもの」という1.4Lユニット。実は、フォルクスワーゲンの1.4Lエンジンにはアルミニウムブロックとスチールブロックの2タイプが存在するが、「高圧過給により燃焼圧も高くなる」という理由から、あえて重量面ではハンディキャップのある後者を採用する。
燃料供給システムには最大150バールでの燃料噴射を行う直噴方式を採用。これは「従来のFSI(直噴)エンジンが用いて来たものと同一で特殊なものではない」という。当初のFSIエンジンはリーンバーンを行ったものの、その後フォルクスワーゲンは同エンジンをストイキ(理論混合比)バーンへと趣旨替え。そしてこのツインチャージャー付きエンジンでも「今後もリーンバーンは行うつもりはない」と断言する。
低硫黄燃料が手に入らない市場では、排出ガスのクリーン化が困難になってしまうのがリーンバーン方式のウイークポイント。それを解決するために複数の仕様を設定する煩雑さを避け、前述のように直噴機構にも実績ある既存のシステムを採用するあたりに、低コストを意識したフォルクスワーゲンならではの戦略が感じられる。
メカニズム上のさらなるハイライトはもちろん、エンジンブロックのインテーク側にメカニカルスーパーチャージャー、エキゾースト側にターボチャージャーという2基の過給器が直列にレイアウトされたツインチャージャー方式である。
具体的にその「過給の分担」を説明すれば、エンジン回転数の5倍というプーリー比で回るルーツ式のスーパーチャージャーが過給を担当するのは、発進の直後から最大でエンジンが3500rpmに達するまで。それ以上の回転数では電磁クラッチによってエンジン回転力は遮断され、以後はターボが単独で過給を行う。システムでの最大過給圧は1.5バール(絶対圧:2.5バール)という高圧。わずか1500rpmでそこに達成するというのは、メカニカルスーパーチャージャーならではだ。
と同時に、そんな高過給圧ユニットであるにもかかわらず、圧縮比が9.7と高めである点に直噴システム採用の効用が見てとれる。燃焼室内に直接ガソリンが噴射されることによる燃料冷却の高い効果が期待できるゆえ、過給圧を高めてもノッキングが起こり難いのだ。
……と、そんな面倒な仕組みなど何も知らなくても、アクセルペダルを踏み込めばごく自然な加速感を味わえることこそ、このフォルクスワーゲンのエンジンの最も大きな美点と言って良い。少なくとも、感覚的にアクセルペダルを1/3程度までしか踏み込まない領域では、この心臓を「過給器付き」と気付く人の方が少なそうだ。
すなわち、それだけトルク/パワーの出方が自然であるし、妙なノイズなども耳に届かないということだ。「他のエンジンを積むゴルフに対して特別な防音・遮音対策などは施していない」というが、静粛性に対する不満は皆無だ。
高回転域まで引っ張ると、なるほどターボ付きエンジンらしいパンチ力がさりげなく顔を覗かせる。が、それとてもアクセルワークに対して過剰なトルクが発生するような不自然な感覚ではない。ターボ付きのエンジンが、シフト時のトルクの落ち込みが事実上ゼロのDSGとのマッチングに優れることはすでにゴルフGTIなどが実証済み。むしろファミリーカーとして考えれば、1.4トンほどの重量に170psの最高出力と240Nmの最大トルクは過剰とも感じられるほどで、そうなると制御の違いで出力/トルク共に抑えるという140ps仕様への期待度も一層増すもの。
その一方で、「GT」というグレード名からこのゴルフにスポーツキャラクターを期待する人にとっては、あくまでも「普通のゴルフ」にしか見えないそのエクステリアのデザインの方に、むしろ不満を感じるかも知れない。
それにしても、種類の異なる2基の過給器の「つながり」が、まったく違和感なく誰もが気付かない内に行われる点は見事という他にないこんな複雑な機構を持つエンジンが「実用エンジン」としてごく当たり前に使えるようになった背景には、そうしたコントロールを緻密に行う電子制御技術の急速な発達が不可欠であったに違いない。
そうした事柄はまた、見事なシームレス変速を行うDSGについても言える。微低速時のギクシャク感や車庫入れの際の微細なアクセルワークなどに対するややナーバスなクラッチのつながり感など、トルコン式ATにアドバンテージのある部分は存在する。だが、ツインチャージャー付きのエンジンやデュアルクラッチ式のDSGを「平然と標準採用」するゴルフGT TSIというモデルが、実は時代の最先端のテクノロジーを秘めた先鋭的なクルマであるということは疑いのない事実なのである。
小型ターボ2基が低回転域から高回転域までフォローするBMW
一方、生粋の「エンジン屋」であるBMWがリリースしたツインターボ付きのエンジンももちろん、フォルクスワーゲンの心臓と同様に最新のテクノロジーを駆使し、時代の要請に応えるべく誕生したユニットだ。
そのパワースペックは最高出力が306psで最大トルクが400Nm。こう記してしまうと、むしろ低燃費化とは逆行するユニットであるようにも受け取られてしまうかも知れない。だがこちらもまた、エンジニアリング的には「ダウンサイズコンセプトに基づく」と標榜する。
実はこのエンジン、同等出力を発するV型8気筒ユニットに対して、大幅な低燃費化・軽量化を実現するという。すなわち、こうして気筒数を減らすことによりエコノミー性をグンとアップさせる手法が、ここでは「ダウンサイズ」というわけだ。「もしもV型8気筒エンジンであればあと40kgは増えていた」という。
50:50の前後重量配分にこだわるBMWにとっては、フロントヘビーを回避する手段としても有効な「ダウンサイズ」というわけだ。
「スポーツカー用の心臓ではなく、絶対出力よりもレスポンス重視なので、さほど大型のユニットは使わなかった」と、同サイズ2基のターボチャージャーを排気系に並列装着するこのエンジンは、クランクケースにアルミ製のブロックを採用する。直列6気筒NAエンジンが軽量化のため、そこにマグネシウム合金を用いるのに対してこうした構造としたのは、やはり過給器付きエンジンゆえ「燃焼圧が高いため」という。
ちなみに、最大過給圧はおよそ0.6バール(絶対圧=1.6バール)で、排気量が3Lと大きいこともあってフォルクスワーゲンのツインチャージャーユニットに比べると過給器への依存度は低い。先に述べたVWユニット同様の理由から直噴ヘッドを採用する点も、もちろん見所だ。こちらの直噴システムはスプレーガイド方式で、より精度の高い緻密な噴射制御が行える。
このエンジンを搭載する335iツーリングで走り出してみると、どのようなシーンでもこれまでのターボ付きエンジンとは一線を画す、リニアで低回転域からトルクフルなパワーフィールの持ち主であることに改めて感心させられた。
実は、335iクーペに比べると、車両重量が70kgほど重いこともあってか、加速の軽快感という点では一歩見劣りする印象が拭えなかった。それでも、もはや「ターボラグ」なる言葉とは無縁でいられるアクセルオンと同時に湧き出るトルク感とアクセルワークに対する自然な応答性は、ある程度エンジン回転数が高まらないと力強さを得られないこれまでのすべてのターボ車に纏わった常識を覆すに十分な印象だ。それと同時に、オーバー300psカーでありながら、混雑した街中でも燃費ディスプレイに7、あるいは8km/Lという数字を当たり前に叩き出す燃費性能の良さにも感心した。
ちなみに、渋滞の激しい市街地や高速クルージング、タイトな山岳路を走らせたりしながら、およそ500kmの行程を走りまわった結果の平均燃費データは、ゴルフの12.0km/Lには差を付けられたものの、8.9km/Lという立派な数字を残してみせた。「ターボ付きの200psカーならリッターあたり6kmでも仕方ないか……」という時代からすれば、やはり隔世の感。これが最新ターボ車の実力なのだ。
フォルクスワーゲン ゴルフGT TSIにBMW 335iシリーズ。これらが、現在世界の最先端を行く過給器付きモデルであるというのは、ドライブをした印象からも実燃費のデータからももはや明らか。そして、そのクルマたちが教えてくれるのは、どうやら「直噴システムの採用なくして現代の過給器付きエンジンはあらず」という事柄でもあるようだ。(文:河村康彦/Motor Magazine 2007年5月号より)
フォルクスワーゲン ゴルフGT TSI 主要諸元
●全長×全幅×全高:4225×1760×1500mm
●ホイールベース:2575mm
●車両重量:1410kg
●エンジン:直4DOHCターボ+スーパーチャージャー
●排気量:1389cc
●最高出力:170ps/6000rpm
●最大トルク:240Nm/1500-4750rpm
●トランスミッション:6速DCT(DSG)
●駆動方式:FF
●最高速度:220km/h
●0→100km/h加速:7.9秒
●車両価格:305万円(2007年)
BMW 335i ツーリング M-Sportパッケージ 主要諸元
●全長×全幅×全高:4525×1815×1435mm
●ホイールベース:2760mm
●車両重量:1690kg
●エンジン:直6DOHCツインターボ
●排気量:2979cc
●最高出力:306ps/5800rpm
●最大トルク:400Nm/1300-5000rpm
●トランスミッション:6速AT
●駆動方式:FR
●最高速度: 250km/h(リミッター)
●0→100km/h加速:5.9秒
●車両価格:721万円(2007年)