911系とギア比を変えたケイマンS専用のPDK
排気系の取り回しも大きく変更した。これまでボディ後端にまとめられていた触媒コンバーターが、排気温度が下がらないまま導かれるエンジンのすぐそばに移設されたのは、エンジンや補機類の効率的な設計でスペースの余裕が生まれたおかげだ。なおその触媒コンバーターは容量自体も増大しており、排ガスはユーロ5対応のクリーンさを得た。
注目のPDKは、言うまでもなく基本設計を911用と同じくするものだ。ギアも同じ7速だが、エンジンの向きが逆でドライブシャフトの位置も異なることからケーシングは別物で、ギア比も専用とされている。重量は従来の5速ティプトロニックに較べて10kg軽い。もっとも、ケイマン/ボクスターシリーズの開発責任者であるH.J.ヴォーラー氏は「まだ重い!」と言っていたが・・・。
スポーツクロノパッケージ・プラスがオプションで用意されるのも、やはり同様。また、PDKの搭載によってケイマンシリーズはもうひとつの強力な武器を手に入れることが可能になったのだが、それについては後ほど改めて触れる。
細かい話が続いたので、メカニズムの続きは走りの印象を交えながら記していくことにする。そのフットワークについては、むしろその方がわかりやすいはずだ。なお、今回試乗したのは、すべてケイマンSのPDK、PASM付きだったということをあらかじめお伝えしておく。
まず触れたいのはシャシの話である。現行モデルのオーナーには忍びないところだが、何しろその走りは格段に洗練されていたからだ。
まずは乗り心地が良い。これまでもPASMなしで18インチ以上のタイヤでも履かせない限り、大きな不満があったわけではないが、進化はそれでも明らかだ。さすがに19インチ仕様では良くなっても快適性はそこそこという感じだが、18インチ仕様は姿勢はフラットなのにゴツゴ感とは無縁で、路面にひたーっと吸い付くように走る。全般にはとても上質な乗り味が演出されていた。
その一番の要因は、後輪の空気圧設定が下げられたことだ。たとえば18インチでは、従来は前2.0/後2.5barだったのが新型では前2.0/後2.1barとされている。タイヤ自体も転がり抵抗低減などを図った新開発のものとされているから、それも効いているに違いない。PASM付きは、減衰力設定も見直され、またPASMなしの場合はリアのスプリングレートも若干下げられているという。とくに日常領域での快適性向上が、リファインでは主眼とされていたようである。
それでも軽快感が損なわれていないのは、まずはパワーステアリングの操舵力が軽減されたおかげだろう。従来は同じユニットを使う911と共通の制御内容だったが、前後重量配分が前寄りのケイマンシリーズの場合、それでは操舵力が重くなる。そこを是正したのだという。正直、言われればそうかな? と思う程度の差しかないが、こうしたこだわりは、いかにもポルシェらしい。
しかし、より大きなウエイトを占めているのは、新たにオプション設定され、今回筆者がステアリングを握った試乗車すべてに装着されていたLSDである。
これまでケイマン/ボクスターの両シリーズにはLSDの設定はなく、ポルシェの見解は「これらのモデルのキャラクターには不要」というツレないものだった。それが覆ったのにはPDKの力も大きい。単純にティプトロニックにはLSDが入るスペースがなかったが、PDKのケーシングにはそれを組み込む余地が確保されており、晴れてLSDを手に入れることが可能になったというわけである。
機械式のそれは加速時22%、減速時27%のロック率を持ち、18インチ以上のホイールと組み合わされる。またLSD装着車はリアスタビライザー径が一段太くなるという。
そもそも911より明らかに身のこなしの軽いケイマンSのキャラクターには基本的に変化はない。しかし印象としては、まずブレーキングからターンインにかけての挙動がシャープ・・・というか輪郭がクッキリした印象を受ける。簡単に言えば、より正確性が高まり、キレが良くなったという感じだ。
当然、加速には大いに効いていて、アクセルオンとともにクルマを前にグッと押し出してくれる。従来のケイマンSは、ここでABD(オートマチック・ブレーキ・デファレンシャル)こそ付いているものの積極的なトラクションは稼げず、そのうちに自然に挙動が収束しているという、安全ではあるが、限界域ではやや物足りなさも覚える味つけだった。しかしLSDを得て、ケイマンSは立ち上がりで躊躇なく踏み込んでいけるリアルなスポーツカーになった。
とは言え、そのハンドリングは911系とは明らかに別物である。端的に言って、ケイマンSの方が軽快。ドライバーを中心とした旋回感はより強く、一方でトラクションは911ほどではない。よって911よりLSDの装着がシビアな動きを誘発することも多く、それを考えると効きがマイルドなビスカス式もアリだったかもしれないとは思う。しかし、ケイマンSの、この颯爽とした走りは、圧倒的な安定感を誇る911とは違った、明らかにポルシェらしいスポーツカーらしさを満喫させてくれるものだ。
走りの洗練という意味では、音環境の改善も効いている。これは遮音ではなく、新しい吸気系の効果。音のこもり感が一掃されて、抜けの良いスッキリとしたサウンドを聞かせてくれるようになったのだ。
嬉しいのは、911のとくにカレラ用3.6Lに感じた、常用域でのエンジンの存在感の薄さが、ケイマンSでは払拭されていたこと。そもそも搭載位置が近いせいもあるのかもしれないが、エンジンの音と吹け上がりは、新世代直噴ユニットの中でベストかもしれないと感じた。
爽快なエンジン特性も、そうした印象を後押しする要素だ。911に遠慮してか最高出力が295psに抑えられている現行モデルは、中低速域での力感からすると、上の伸びはもう少し・・・という感じだったが、現行型最後の限定車、ケイマンSスポーツに次いでついに300psを突破した新型は、最高出力の発生回転数が6250rpmから7200rpmまで高められていることから想像できる通り、トップエンドに向けて弾けるような吹け上がりとパワー感を獲得している。これは、まさに掛け値なしの快感。レブリミットも7500rpmに引き上げられているから、PDKをマニュアル操作すれば目一杯引っ張って楽しめる。