ひとつの頂点になり得る正しきスーパーカー
ボディサイドの段差に沿ったドアノブを握ってドアを開ける。身体を折りたたみ、腰と尻から滑り込ませ、足を高価なレザートリムに当てないよう乗りこむ。これがスーパーカー乗りの流儀だ。ルーフラインが他のスーパーカーに比べて高いため、少しは乗り降りしやすい。
腰を落ち着けて周囲を見渡せば、基本的にV8と同じ景色が広がっていた。シフトベースまわりのプラスチック(とその継ぎ目)には相変わらず興ざめだが、それ以外のフィニッシュはすこぶるつき。スピードメーターは350km/hまで刻まれ、タコメーターには誇らしげにV10の文字が。
走り出そう。エンジンスタートからアイドリングにかけてのサウンドは、内にこもるV10特有のもの。最新ガヤルドほど激しくはないが、骨太でたくましいビートを刻む。それでもドライバーを急かさないのが、アウディのスーパーカーらしい違う価値だ。
トルクフルなエンジンと油圧機械式自動クラッチのRトロニックとの組み合わせゆえ、低速時のマナーに不安があったが、最新のR8 4.2FSIと同様にかなり洗練されてきた。少なくともまだ走行距離が数千kmの状態では、コールドスタートでもぎくしゃくすることはほとんどない。
ただタウンスピード内において、たまにギアチェンジを躊躇うそぶりが見えて、わずかに身体もつんのめる。ポルシェのようにデュアルクラッチシステムが欲しいと思うのは、そんな時だ。
クルマから余計な刺激を受けず、それこそアウディの流麗なクーペにでも乗っている気分で街を流す。乗り心地は相変わらず上々だ。鼻歌まじりに軽くクルーズしていても、気持ちいい。
ミッドシップカーにありがちな神経質さは微塵も感じさせず、V8モデルに比べても、前輪の動きにしなやかさと重厚さを感じる。マグネティックライドコントロールを標準装備とするが、スプリングやダンピングをV8モデルより多少硬めにセットした影響かもしれない。そんなクルマとしての落ち着きが、他のスーパーカーにはない魅力だ。毎日乗っても疲れないだろう。
それでも交差点などのストップ&ゴーで、V8モデルとの差異をとくに感じるのは、右足とパワーの相関だ。
少ない踏み込み量に対して、明らかに分厚いトルクが立ち上がる。瞬時にアルミボディに力が漲り、クルマ全体がいつでも臨戦モードに入ってOKだという意思を示す。そこでアクセルペダルを緩めれば再び極上のラグジュアリーカーに戻ることもできるし、もしその先がオープンロードで駆け巡ることを許されるのであれば、0→100km/h加速3.9秒の峻烈さを駆使して並みいるスーパースポーツカーたちとのつば競り合いも演じられる。
冷静にドライブすることも、情熱的に駆ることも、すべてはドライバー側にスイッチがあるのだ。
サーキットで、そのスイッチを情熱側へと押してみた。変速とサスペンションのセットもスポーツにする。
ガヤルドほどワイルドではないが、それでもこれまでのR8のイメージを大きく覆す激しいパフォーマンスを見せる。ギュンと身体が思わず縮む加速フィール、手応え十分でかつ正確無比なステアリングフィール、そして踏んでからのコントロールが楽しいブレーキフィール、などなど。そして何より、大パワーを得てもなお、余裕をもってクルマの動きに対処する強靭なボディに、得難い安心と壮快を得た。
蛇足だが、日本市場へR8 4.2FSIの6速MT仕様モデル導入も決まったので、V10モデルの6速MT仕様の印象も報告しておこう。そのシフトフィールは、気持ち悪いくらいにスパスパと決まるもの。大パワーを、気持ちよく好きなギアで操れるのがいい。エンジンを吹かし切る楽しさがある。こちらも是非、日本導入の検討を!
R8こそは、いつでもどこでもスーパーカー。クルマを降りて、R8 5.2FSIクワトロのエキゾーストノートを聞けば、それは正にスーパーカーの音だった。(文:西川 淳)
アウディ R8 5.2FSI クワトロ 主要諸元
●全長×全幅×全高:4435×1930×1252mm
●ホイールベース:2650mm
●車両重量:1700kg
●エンジン:V10DOHC
●排気量:5204cc
●最高出力:386kW(525ps)/8000rpm
●最大トルク:530Nm/6500rpm
●トランスミッション:6速AMT(Rトロニック)
●駆動方式:4WD
●燃料・タンク容量:プレミアム・90L
●EU総合燃費:7.3km/L
●タイヤサイズ:前235/35ZR19、後295/30ZR19
●最高速:316km/h
●0→100km/h加速s:3.9秒
※欧州仕様