新しい駆動系レイアウトで流麗なフォルムを実現した
アウディが、この期に及んでクーペモデルをリリースする真意はどこにあるのか。ひとつにはプレミアムカーブランドとしての存在を自負するこのメーカーが、常に最大のライバルとして意識するメルセデス・ベンツとBMWという「両巨頭」を完全にキャッチアップしたいという思いがあったことは否定できないだろう。
メルセデス・ベンツにはCLKがあり、BMWにはリニューアルなったばかりの3シリーズクーペが存在する。さらに前者には装いも新たにデビューしばかりの上級クーペであるCLも用意され、後者には「Mマーク」付きのスポーツモデルを頂点に置いた6シリーズもラインアップに加えられる。
一方、同じプレミアムメーカーを標榜しつつも、アウディというのはこうしたクーペカテゴリーが手薄だった。そうした空白地帯を埋めるべく生み出されたのが、今年のジュネーブショーで初披露をされたA5/S5。確かに、TTやR8というクーペはあった。が、それらはいずれも基本が2シーター。「オリジナル・クワトロ」が世界のラリー界に一大旋風を巻き起こして以来、アウディにとっては実に久々のライバルに対する強い競争力を秘めた「フル4シータークーペ復活」と言える。
ヨーロッパ市場では6月からの発売。日本市場ではやや長いタイムラグの後、2008年には発売というA5/S5のルックスは、例の「シングルフレームグリル」の採用もあり、ひと目でアウディ車と認識できるもの。しかし、A4やA6、そしてA8などとは少々異なるプロポーションの新鮮さが大きな特徴だ。
ライバルに負けない後席居住性を狙ったことを外観からもイメージさせる、ボディ後ろ寄りに置かれた後輪位置がまずはひとつのポイント。と同時に、このモデルでのさらなる見どころは、パワーパック縦置きの既存アウディ車に対し、フロントのオーバーハングがグッと短縮された点にある。
実はアウディはこのモデルの開発に際し、トランスアクスルのレイアウト変更で前輪位置を大きく前出し。具体的には、パワーパック位置を基準としてA4やA6などに対し、前輪(フロントアクスル)位置を100mm以上前方へと寄せることで、大幅なロングホイールベース化を実現させている。その結果、生まれたプロポーションは、「FRベースの造形」と言われても、そのまま納得できてしまいそうなスタイリッシュさに繋がっている。
言うなればこうした前輪位置が実現可能となったからこそ、今のタイミングでクーペをリリースした、ということかもしれない。もしもこれでフロントオーバーハグが今までのように長かったら……。このような流麗なクーペフォルムは当然達成できなかったに違いない。
ところで、FFレイアウトベースによる車両開発では、トラクション確保のためにある程度のフロントヘビーは不可欠であるはず。にもかかわらずアウディはA5/S5のリリースに際して、駆動系レイアウトの刷新で「ほぼ50:50の良好な前後荷重配分を実現」と説明する。
しかし、今回、このような新レイアウト採用に至った最大の目的は、「むしろルックス上、最も魅力的な位置に4つの車輪を置きたかったことではないか」というのが自分の読み。思い起こせば、それは今から20年近くも前に5気筒エンジンを縦置きにするホンダのインスパイア/ビガーが提唱した「FFミッドシップ」にも通じる考え方だ。前輪軸の位置をAピラーからの下降線上より前方に置くことで、それまでのFF車では考えられなかった「8等身美人」のプロポーションに挑んだのが、かのホンダ車。そして今、目の前に現れたA5/S5の流麗なプロポーションには、そんな遥か昔のホンダが発明した手法がどうしてもフラッシュバックしてしまうからだ。
A5とそのハイパフォーマンス版、S5のルックス上の差はごくわずか。ボディパネルそのものに違いはなく、プラチナグレーの塗装を施されたフロントグリルやディテールデザインの異なる前後バンパー、4本出しのテールパイプや18インチのホイールなどが、0→100km/h加速をわずかに5.1秒でこなすオーバー350psを誇るV8エンジンを積んだ後者であることを示す程度だ。
一方、エクステリア同様アウディ車の定評どおりのクオリティの高さを実感させるインテリアには、水滴型のメーターとナビゲーション用モニターを同レベルで並べてセンターパネル部までを大型のL字型クラスターでひと括りとした、A6同様デザインのダッシュボードを採用する。
ただし、駆動系レイアウトの影響もあってか、センターコンソールが高く、左右席の独立感が強いのが大きな特徴。試乗会に用意された左ハンドル仕様では問題なかったものの、右ハンドル化された際に気になりそうなのがトランスミッション側面の膨らみが右側フロントフロアに大きく張り出していたこと。日本はもちろんAT=2ペダルが主流になろうが、果たしてこの幅のタイトなトーボードで、3ペダル+フットレストは問題なく成立するのだろうか。
18インチホイールを装着するS5の乗り心地にも好印象
今回テストドライブを行ったのは、3.2LのV6エンジンに40:60とリアバイアスの基本トルク配分が掛かった4WDシステムを組み合わせた「A5 3.2FSIクワトロ」と、前出8気筒エンジンを積む「S5」の2タイプ。日本へは6速ATとの組み合わせで導入されるであろう前者だが、今回は2台とも6速MTでのテストドライブとなった。
ルックスでは多くの見せ場を造ったA5だが、率直なところ走りの点ではスタイリングほどの高揚感は受けなかった。アクセルペダルを踏み込めば、見た目の流麗さに相応しく上質な加速を行い、ステアリングを切り込めば、ごく当たり前にコーナーをクリアして行ってくれるというのが基本の印象。凝った機構による可変バルブタイミング&リフトシステムを新採用するエンジンは、アイドリングから踏み込む瞬間のノッキング音がやや耳についたが、そのフラットトルク感も狙ったクルマのキャラクターにマッチしている。これならばMTよりもATで乗った方が似合いそうというのも実感だった。
静粛性の高さは一級品。さすがにヘッドスペースには余裕は少ないものの、ゆとりあるレッグスペースや奥行きの大きなトランクスペースなどで、大人4人での長時間クルーズなどは大の得意科目と言えそう。ただし、後席への乗降時にはドアを大きく開くことを要求されるから、1850mmを超えた全幅+前後長の大きなドアという組み合わせは、日本では少なからず使い勝手上のハンディキャップにつながりそうだ。
A5からS5に乗り換えると、当然加速力の余裕は段違いに大きい。回転の伸び感はさほどシャープとは言えないが、アイドリング付近から極太のトルクを生み出す特性ゆえ、早め早めのシフトアップの方がスムーズかつスピーディに走れる印象だ。
意外だったのは17インチシューズを履いたA5に対しても、乗り心地面でのマイナスをほとんど感じさせられなかったこと。50km/h付近をピークとしたタイヤからのノイズが耳についたものの、振動のダンピングなどはむしろA5よりも素早く好印象なほど。最近は薄いシューズを履いても快適性が際立つヨーロッパのモデルが少なくないが、18インチシューズ採用のこのS5も、間違いなくその快適性は一級品だ。
アウディ久々のフル4シータークーペ市場への参入となるA5/S5は、そのブランドイメージのさらなる向上に大きく寄与してくれそうだ。そして、そんなこのモデルに新採用されたパワートレーン系を受け継いで間もなくのデビューと目される次期A4にも、いよいよ期待が高まる。(文:河村康彦/Motor Magazine 2007年7月号より)
アウディA5 3.2 FSI クワトロ 主要諸元
●全長×全幅×全高:4625×1854×1372mm
●ホイールベース:2751mm
●車両重量:1535kg
●エンジン:V6DOHC
●排気量:3197cc
●最高出力:265ps/6500rpm
●最大トルク:330Nm/3000-5000rpm
●トランスミッション:6速MT
●駆動方式:4WD
●最高速:250km/h(リミッター)
●0→100km/h加速:6.1秒
※欧州仕様
アウディS5 主要諸元
●全長×全幅×全高:4635×1854×1369mm
●ホイールベース:2751mm
●車両重量:1630kg
●エンジン:V8DOHC
●排気量:4163cc
●最高出力:354ps/7000rpm
●最大トルク:440Nm/3500rpm
●トランスミッション:6速MT
●駆動方式:4WD
●最高速:250km/h(リミッター)
●0→100km/h加速:5.1秒
※欧州仕様