低回転域から心地良いM3クーペのフィーリング
今、世界は未曾有のハイパフォーマンスカーラッシュの渦中にある。もちろん、いつの時代も激しい性能競争はあったわけだが、それが今この時、我々がそれをひときわ生々しいものとして感じているとしたら、それは我らが日本からその中に割って入るべく、印象的な2台のモデルが登場したからに違いない。改めて紹介するまでもないだろう。その2台とは、日産GT-RとレクサスIS Fである。
この2台が挑むカテゴリーには、BMW M3という絶対的存在が君臨している。とりわけIS Fにとっては、M3は目標でありベンチマークであったはず。GT-Rにとっても、狙いはまるで違うにしても、「速いハコ」であるというカテゴリーの親和性や近しい価格設定は、互いをまるで意識しないで済む存在とはしないはずだ。
そのM3は、新型でついにV型8気筒エンジンを手に入れた。これは当然、メルセデス・ベンツC63 AMGやアウディS4/RS4といった、その座を脅かそうとするライバルたちを迎撃するためである。いや、それだけではない。身内からの攻勢だって激しさを増している。最新の直列6気筒3L直噴ツインターボユニットを搭載して登場した335iクーペの走りは刺激にあふれ、人によってはこれならM3は要らないという思いすら抱かせたのだ。
こうした状況を見渡してみると、M3にとっては、今はまさに非常事態と言えるのかもしれない。しかし実際のところ、本当にM3が窮地に立たされているのかと言えば、そうでもない気もする。それはパフォーマンスという尺度だけでは計ることのできない何かが、そこにはあるからではないだろうか。だとしたら、その絶対的なベンチマークが見せてくれるものとは一体何か。改めて探ってみようというのが、この企画の趣旨ということになる。
例えば、動力性能でそれを優に上回るモデルと相対しても、その意味や価値を容易に見つけ出すことができる。M3クーペがそんなクルマだとしたら、その最大の決め手は、ありふれた言葉ではあるが、やはり走りの気持ち良さといういうことになる。そこに示される世界の完成度の高さ、上質感、あるいは官能性といったものは、他では決して味わえない珠玉のものだ。
しかしながら、その魅力はパッと乗ってすぐに鮮烈に響くものではないかもしれない。僕自身の第一印象も、実はさほど感動的だったとは言い難い。けれど、距離を重ねるほどに存在感がじわじわと沁み入ってきて、いつしか夢中で求めるようになってしまったのは、自分でもとても意外だった。
一番の魅力は、新しいV型8気筒の心臓だ。動力性能に不満や不足がないだろうということは乗らなくてもわかる。惚れ込んでしまうのは、その甘美なフィーリングだ。低回転域から8400rpmというレヴリミットに至るまで、このエンジンは実に心地良いビートを奏でる。ルルルルルというハミングがわずかな回転の上下に追従して微妙な音色の違いを演出し、さらに踏み込んでいくと、その音の粒が次第に揃いだし、吸い込まれるような快音へ変化しながら一気にトップエンドに到達する。これはもう、積極的に唄わせずにはいられないというものだ。
フットワークの仕上がりにも感嘆させられる。とくにそのノーズの軽快な反応は、フロントにV型8気筒が載っているのが信じられないほど。前後の絶妙なグリップバランス、Mディファレンシャルロックがもたらす強力なトラクションなどが相まってコーナーの連続をひらりひらりと軽やかに、されど猛烈なペースで駆け抜けることもできる。しかも乗り心地だっていいから、飛ばしても飛ばさなくても、街中でもワインディングでも楽しめる。
心のどこかに、先代M3の直列6気筒3.2Lユニットの、回すほどに凝縮感が高まっていくかのような感覚や、筋肉質とでも表現したくなるソリッドな乗り味への郷愁はある。しかし新しいM3クーペには、一撃でノックアウトさせるような刺激の代わりに噛み締めるほどに深みを増す味わいがあり、それが我々ステアリングを握る者を魅了してならないのだ。